第十六話 マル三計画

 1936年、陸軍などの反発で揉めた国防省内での予算審議と経費削減を求め続ける大蔵省との交渉を乗り越え、海軍の第三次海軍軍備補充計画、通称マル三計画が実行に移された。


 この計画は、アメリカの軍縮条約破棄によって、第一次世界大戦以降規制され続けていた大建艦計画の実行が可能となった海軍が、米英との戦争も考慮しているという口実かつ事実に基づき作った国防兵力整備計画である。


 当初は、1936年度から1939年度までの四カ年計画として立案されたが、この短期間では予算が圧迫され続け経済への影響が出かねないと訴える大蔵省と、更なる機械化と兵力増強の為に予算を確保したい陸軍及び連合航空軍の反対を受け、予算自体は36年度から請求するものの開始年度は37年度へ、四カ年計画から五カ年計画へと変更され、41年度ごろまでに完遂する事を目指すと決定された。


 また、陸軍の四カ年計画と異なり民間の需要の刺激などに関する要素が少なかった為、政府からの要請圧力で戦時に徴用する条件で貨客船や貨物船の建造に助成を出す優秀船舶建造助成施設という制度や、地方で補助艦艇建造用造船所の建設などに取り組むことも盛り込まれた。


 他にも、国家機関分散設置法に基づき国防省が移転する際に鎌倉と移転先の岡山に設置される国防軍統合司令所の建設費用などもマル三計画から一部流用されている。


 こんな紆余曲折を経て実行に移されたマル三計画について、そろそろ見ていこう。


 マル三計画の目的は、艦艇三百九十五隻の建造と航空隊二十二隊を整備することにある。この時点で、色々とおかしい規模なのだが、その内容も当然ながら凄いものになっている。


 まず、近代以降海軍の象徴であった戦艦については、1921年に長門型戦艦二番艦陸奥が竣工してから久々に三隻が建造される。


 後に、大和型戦艦と称されるこの三隻は、当時世界最大である基準排水量八万四千トンの艦体に五十一センチ三連装砲三基九門を主砲として搭載する、質・量ともに世界一のものになっており、日本海軍大艦巨砲主義の集大成と言えるものとなっている。


 次に空母については、マル二計画で建造された蒼龍型から発展拡大する形で三隻が建造される。


 後に、翔鶴型航空母艦と称されるこの三隻は、日本海軍初の装甲空母であり飛行甲板には急降下爆撃に対応できる装甲が張られている。また、基準排水量は三万六百トンとかなり大型になっており、これ以降も艦載航空機の大型化と比例する様な形で大型化していくこととなる。


 少し変化球なものとしては、空母乗組員及び艦載機パイロットの育成の為に、鳳城型練習航空母艦が三隻建造される。


 鳳城型空母は、急降下爆撃や模擬魚雷の被害担当艦の役割を果たすために、それなりの装甲と艦体防御性能を誇っており、これに伴い同じく練習空母として運用されることが決まった鳳翔の改装が行われることとなる。


 巡洋艦については、マル二計画と同じように伊吹型航空巡洋艦が六隻建造される。マル二計画建造艦と異なり、先に建造された二隻の問題点を踏まえ、性能向上や無駄のない艦体建造などの工夫がなされた、いわゆる後期型となっている。


 他には、空母部隊に帯同して護衛任務を行う防空巡洋艦が四隻建造される。後に、阿賀野型防空巡洋艦と称される四隻は、対空射撃に特化した十五・五センチ三連装砲を主砲として搭載し、他にも多数の高角砲・機関砲を装備している正真正銘防空に特化した艦船になっている。


 護衛関連で言えば、海軍陸戦隊をアメリカ海兵隊のような海兵師団に再編成する海軍内での計画に合わせて、八十島型護衛軽巡洋艦が四隻建造される。この四隻は、対空対潜戦闘を中心に上陸作戦の妨害を阻止できるそれなりの性能を持った多機能巡洋艦となっており、海上保安庁の大型巡視船とほぼ同じ設計であることが特徴としてある。


 また、練習巡洋艦として香取型練習巡洋艦四隻が建造される。香取型は、鳳城型練習空母とは異なり安価に建造するために商船の構造で作られており、艦船の耐久性はそれほどいいものではない。ただ、戦時に旧式艦を使って訓練するよりかは遥かにマシと言えた。


 駆逐艦については、その用途に合わせて三種類もの駆逐艦が合わせて112隻建造される。


 まず、陽炎型駆逐艦が二十隻建造される。陽炎型は、主に対艦戦闘を考慮して設計されており、十二・七センチメートル連装砲と六十一センチ四連装魚雷発射管が搭載されている。旧式になりつつある神風型・睦月型の退役も同時に進められており、次期計画では艦隊随伴駆逐艦の更なる建造が行われるとも噂されていた。


 次に、秋月型駆逐艦が二十隻建造される。秋月型は、海軍の航空主兵派閥が支持する形で建造された対空専門艦であり、主砲の十センチ連装高角砲を中心として対空用装備で身を固めている。一方、水雷兵装は多少の爆雷と万が一を考え搭載された六十一センチ四連装魚雷発射管一基のみであり、日本海軍としては異例の兵装となっている。


 最後に、防人型護衛駆逐艦が七十二隻建造される。防人型は、八十島型護衛巡洋艦と同じ海兵師団の護衛任務のみならず、自力での海軍艦艇建造がまだ難しい満州王国海軍・東方イスラエル海軍・タイ王国海軍からの依頼、そして東シナ海での警備協力用として七十二隻もの建造が決定された。


 性能は、八十島型と同じく多機能駆逐艦としてそれなりのものとなっており、中小国が発注しやすい価格設定にもなっている。


 潜水艦については、旧式艦の一掃と統一された艦型で効率的な潜水艦運用を行うことを目指し、三種類の潜水艦が六十四隻も建造される。


 まず、伊二百型潜水艦が三十二隻建造される。伊二百型は、主に日本近海や中国沿岸での活動を目的とした内海型中型潜水艦と位置付けられており、艦隊決戦での主力艦撃破より通商破壊や補助艦艇撃破を主眼としたいわゆる普通の潜水艦となっている。


 次に、伊三百型潜水艦が十六隻建造される。伊三百型は、主に太平洋全域やインド洋での展開も視野に入れた外洋型中型潜水艦となっており、通商破壊戦や敵港湾での破壊工作などを主眼とした潜水艦となっている。


 そして、伊四百型潜水艦が十六隻建造される。伊四百型は、主に世界中を航行し通商破壊線や艦隊への攻撃を目的とした攻撃型大型潜水艦となっており、搭載している三機の水上機と多数の魚雷発射管で多種多様な任務に臨む将来性に富んだ潜水艦となっている。


 次に補助艦艇だが、マル二計画以上に大規模かつ多種多様なものになっている。


 母艦系では、飛行艇の運用並びに戦時での空母改造を考慮した秋津型飛行艇母艦四隻と潜水艦の増強に対応した白鯨型潜水母艦四隻が建造される。また、外洋での長期活動時に母艦の護衛を行い、平時では中ソとの漁場紛争から漁業を保護する為、占守型護衛艦も建造される。


 海兵師団関連では、海上での情報収集や上陸作戦での陸海空統合指揮を目的とした兼六型通信指揮艦三隻、神州丸の発展型として上陸部隊を搭載し航空機運用能力を有する元寇型強襲揚陸艦四隻、中華情勢悪化への対応や沿岸部への上陸支援攻撃を目的とした笠型打撃支援艦二十四隻などが建造される。


 補給系では、間宮の発展型として伊良湖型給糧艦三隻が建造される。


 他にも、戦時の単独測量を考慮した筑紫型測量艦や港湾での対潜警戒・戦闘を行う第七号型掃海艇・第四号型駆潜艇、機雷や防潜網の設置を行う津軽型敷設艦・測天型敷設艇などが建造される。


 もはや戦時中の計画と言っていいほどの規模だが、海軍全組織が望んだ建造計画なだけあってその建造理由はちゃんとした根拠に基づいており、海兵師団や漁業などの部分で他省庁・軍もうまく巻き込むことに成功していた。


 その為、政府の事業への協力や予算・期間面での妥協はせざるを得なかったものの、計画自体は実行に移される運びとなったのだ。


 そして、この計画は本来であれば五カ年計画では終わる見込みがなく、政府の決定よりも一年遅れる42年度内で完成するはずだった。しかし、国防省は一年後にこの計画を前倒して進めていく事を決定することとなる。


 満州事変以来悪化を辿っていた対中関係が、満中国境での事件により完全に決裂してしまったのだ。

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