第十二話 昭和粛清

 二・二四事件終結後、町田内閣は事件を完全に阻止することができなかった責任を取り、を昭和天皇に申し出た。


 しかし、昭和天皇は内閣総辞職を認めなかった。昭和天皇からすれば、今回の事件は陸海軍の一部が暴走して起こったことであり、町田首相らが責任を取る必要などなかった。


 さらに、武力衝突への早急な対応や自分達の手で事態を収集しようと昭和天皇を止めたことなどが、元老や宮中の面々に評価されており、彼らも内閣総辞職を辞めさせようとしていた。


 何より、国民の多くがそれを望んでいなかった。町田内閣成立から約三年、世界恐慌以来低迷していた日本経済は、満州・朝鮮特需や列島改造五カ年計画によって好景気へと突入し、東方イスラエル国の建国や満州王国との関係強化、イギリスとの関係改善など対外政策でも成果を上げている。


 どこの誰からみても、彼らが辞める意味などなかった。当然、責任を取るべきという意見は正しい。だが、それはだと多くの人が思っていたのだ。


 こうして、町田内閣の総辞職は受け入れられずという形で形式的に内閣総辞職が行われた。それと同時に、陸海軍には昭和天皇によってが下されることとなる。


 二・二四事件によって反乱軍並びに協力していた将校たちは逮捕されたが、当然それだけでは終わらない。司法省・内務省・陸軍省・海軍省の合同で、帝国陸海軍に対して大規模な調査が行われることとなったのだ。


 いつもの陸海軍であれば、強行手段で政府を黙らせることもできたのだが、統制派・宇垣閥・英国派の陸海軍主要派閥が調査に全面的に協力していた為、思うように権力が行使できず、昭和天皇が調査に好意的であるとの情報が広まったことにより、大規模調査は決行された。


 この調査によって、二・二四事件の時に逮捕された者以外にも、かなり多くの軍人が事件に関与しており、伏見宮博恭王ふしみのみやひろやすおう軍令部総長ら陸海軍重鎮も何らかの形で関与していることが明らかとなった。


 この調査結果に、昭和天皇は激怒した。自分が信頼していた軍人たちが、それも皇族の人間まで反乱に関与していたのだ。曖昧な状態で終わらせると、後々悪影響となると判断した昭和天皇は、林銑十郎はやしせんじゅうろう陸軍大臣・山梨勝之進やまなしかつのしん海軍大臣・閑院宮載仁かんいんのみやことひと参謀総長を呼びたし、調査結果を受けて命令を出した。


 「賊軍とそれに与していた者たちは、たとえどんなものであっても躊躇することなく処分するように。」と。


 この言葉により、反乱に与した軍人たちの運命は決まった。


 伏見宮博恭王は、昭和天皇からの命令で皇居へ参内することとなり、宮中を出ると意気消沈し沈鬱とした表情を浮かべながら軍令部へと戻っていった。そのまま軍令部総長を辞職し、病気の静養のため熱海別邸で療養する突然発表すると、そのまま隠居した。


 反乱に間接的に関与した以下の将校たちには、強制退役及び予備役編入の措置が取られることとなった。


 陸軍では、荒木貞夫あらきさだお軍事参議官・川島義之かわしまよしゆき大将・真崎甚三郎まざきじんざぶろう教育総監・柳川平助やながわへいすけ中将らがそれに当たる。


 海軍では、加藤寛治かとうひろはる後備役大将・末次信正すえつぐのぶまさ軍事参議官・大角岑生おおすみみねお大将・小林省三郎こばやしせいざぶろう中将・真崎勝次まさきかつじ少将・山下知彦やましたともひこ大佐・石川信吾いしかわしんご海軍中佐らがそれに当たっていた。


 また、陸海軍の穏健派は昭和天皇が普段危険視していた強行的態度を取る以下の将官たちを同じように、予備役に編入させた。


 陸軍では、木村兵太郎きむらへいたろう大佐・鈴木貞一すずきていいち大佐・加藤泊治郎かとうはくじろう大佐・四方諒二しかたりょうじ中佐・富永恭次とみながきょうじ中佐・佐藤賢了さとうけんりょう少佐・真田穣一郎さなだじょういちろう少佐らがそれに当たる。


 海軍では、岡敬純おかたかずみ中佐・富岡定俊とみおかさだとし中佐・高田利種たかだとしたね少佐らがそれに当たっていた。


 昭和天皇と陸海軍穏健派による徹底的な将校への処断は、後に昭和粛清とも呼ばれるほどに陸海軍に対して大きな影響を与えたのだった。

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