第11話 一方通行の想い

 一定の距離を保ったまま膠着状態。


 羽衣はナイフをボクに向けたまま、いつから好きになったのかを楽しそうに話し始めた。


 出会った頃から好きだった。


 名前を呼んでくれるのが嬉しかった。


 端っこにいる私をいつも見守ってくれて嬉しかった。


 イメチェンしてカッコよくなってから、更に好きになった。


 でも、それが千亜のおかげで。


 千亜と付き合ってるってわかって。


 会うたびに苦しみと憎しみが募っていった。


「だからね、殺したの!」


 彼女の言葉に含まれる愛情が気持ち悪くて仕方なかった。


 同時に、カラダが恐怖に支配されていく。


 心臓がバクバクとうるさい。


 目の前の人物は本当にボクが知っている羽衣なのだろうか。


 彼女がこんなにも狂気に満ちた人間だとは知らなかった。


 当たり前か。


 真っ当な人間であるように擬態して、千亜に成り代わって生きてきたのだから。


 平凡なボクなんかが見破れるわけがない。


「アンタが突き飛ばさなきゃ、千亜はまだ生きていられた。夢を追い続けられた」


 頭を抱える。


 もう羽衣を直視できない。


 したくない。


 恐ろしい笑顔を視界に入れたくない。


「そんなの知らないよ。死んだ人間のことなんかどうでもいい」


 どうしてそんなに楽しそうに話せるのか。


「ねえ、答えてよ」


 どうして好きな人に刃物を向けられるのか。


「私と付き合ってくれる? それとも、私に殺されたい?」


 人を殺すことは犯罪。


 どうして、いとも簡単に手を血で染められるのか。


「……教えてくれよ」


「なぁに?」


「ボクを殺したら、千亜のときと違って逃げられないぞ。アイドルを続けられないんだぞ」


「別にいいよ」


 即答。


 あっさりと言ってのけた。


「和っちに愛されたくて千亜の真似をしてたんだし。あと、逃げる気はないよ。和っちを殺したら私も死ぬから」


 そんな。


 あの言葉は嘘だったのか。


「千亜の分まで頑張る」


 言ってたじゃないか。


 ボクどころか、メンバーも運営もだましていたのか。


「安心して。ちゃんと心中したって見えるように偽装するから!」


「やめてよ」


 安心?


 馬鹿馬鹿しい。


 今のどこに安心できる要素があった。


「心中だなんて、絶対に嫌」


 伏せていた顔を上げる。


 羽衣は笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る