第10話 お見通し

 羽衣の言葉に頭が真っ白になる。


 どうして知ってるんだよ。


 誰にも言ってなかったのに。


 この女は、どうして……。


「私ね、頭は悪いけど勘は鋭いの」


 口角を更に上げて笑う。


「視線とか距離感とか。見てたらわかるよ。だからね、に聞いたんだ。『和っちと付き合ってるの?』って。そしたらさ、顔を真っ赤にしてさ、頷いたんだよ。可愛すぎて突き飛ばしちゃった」


 突き飛ばしちゃった?


 誰を。


 なんて聞かなくてもわかる。


 答えは一つだけ。


「おい……千亜は交通事故で死んだんだぞ」


「だーかーらあ」


 化けの皮が剥がれた。


 今の彼女は千亜の真似をしている羽衣ではなく、藤崎羽衣だ。


「千亜を車道に突き飛ばしたの」


 相変わらず笑みは崩していない。


 気持ちが悪い。


 怖い。


 何年も一緒に活動してきたメンバー。


 苦楽を共にしてきたメンバー。


 彼女の思考が少しも理解できない。


「人込みに紛れて逃げたらさ、誰にもバレなかったんんだよねえ。意外と逃げるのって簡単だね」


 立ち上がり、距離をとる。


「人殺し」


 呟いた言葉は、


「そうだよ」


 軽く受け流された。


 羽衣は鞄からなにかを取り出し、立ち上がる。


「それでは、ここで私から提案です!」


 近所迷惑にならない程度に明るくボリュームを上げた羽衣。


 彼女の手に握られていたのは、ナイフだった。


「それ」


「あぁ、これ? 果物ナイフだよ」


 笑顔で言うことじゃない。


 一歩下がると一歩歩み寄られる。


 ボクの後ろには壁。


 完全に詰んだ。


「てっ……提案ってなに」


 逃げる方法を考えたい。


 時間を稼ぐためになんとか言葉を紡ぐ。


「えっとぉ、二択なんだけどね! 私と付き合うか、私に殺されるか!」


 滅茶苦茶な提案。


「なに言ってんの」


 理解できない。


 根本的に、


「付き合うってどういうことだよ」


「私、和っちのことが昔から好きだったの」


 その言葉で、さっき羽衣が言った内容を思い出す。


 千亜が顔を赤らめて、可愛かったから突き飛ばした。


 可愛かったから?


「もしかして、千亜を突き飛ばしたのって――」


「可愛くて、ムカついたからだよ」


 さらっと言ってのけた彼女の目に、嫉妬の炎が見えたような気がするのは勘違いだろうか。

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