第8話 聖域
部屋が散らかっているから片付けたい、という理由で滅多に使わないタクシーで羽衣を置いてきぼりにして帰宅。
いつもは電車か、元気だったら徒歩。
質素倹約。
まだまだ売れていないアイドルだから。
それは置いといて。
羽衣と別行動したのは、一緒に帰りたくなかったから。
ただそれだけ。
と言ってしまえば簡単だけど。
家まで喋りながら帰るなんて勘弁。
考えただけで吐きそうになるくらい嫌。
抑えきれない嫌悪感。
隠しきれない怒り。
わかってる。
いつまでも千亜の死を引きずって生きていくわけにはいかないと。
それでも、羽衣を見ていると必然的に思い出してしまう。
彼女が千亜を模倣している理由はわからない。
センターを任され、自分に足りない部分を自覚したとき、理想のセンター像が千亜だっただけなのかもしれない。
わからない。
誰が聞いても「千亜みたいになりたい」としか言わないから。
ボクはそれが本音ではない気がする。
正直なところ、羽衣は他のメンバーよりもかなり遅れをとっていた。
劣っていた歌唱力。
劣っていたダンス。
劣っていた人気。
足りなかった愛嬌。
劣っていた、足りなかった点を挙げればキリがない。
でも、千亜を真似することで全てを補った。
今では一番人気。
どう足搔いたって許せない。
人は死んだら21g減ると言った人がいる。
それは魂の重さ分だとも。
だとすれば、ボクにとって羽衣は、千亜の21gを奪ったように感じられる。
これじゃあ千亜は成仏できないんじゃないか。
ピンポーン。
間延びしたインターホンの音。
ついに来た。
本当は羽衣を家に入れたくない。
ボクたちにとっての聖域だから。
彼女がいなくなった今、更に神聖な場所になっている。
彼女の部屋はそのままにしてある。
毎日掃除はしているけどね。
それ以外は物を動かしたり、処分したりはしていない。
ほんのりと香る彼女の匂いを感じられるのに、捨てられるわけがない。
もう二度と触れることができない彼女の愛おしい全てが詰まった部屋。
絶対にこの部屋には羽衣を入れない。
そう心に強く誓って、玄関に向かった。
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