三十四話

 コラリーの提案は、フローラが与えてくれた魔法箱マジックボックスを使い、幻想でドレスを作り出す事だった。発動できるのは、一回きり。本当に、今使うべきなのだろうか。


「……他に、手は無いの?」


 周りに問いかける。しかし、誰も返事をする者は居なかった。


「寧ろ、ここで使うのが理想かもしれないわ。フローラ先輩の幻想魔法は、見た目以上に作用する。例えば……」


 コラリーは自身の胸に手を当て、話を続ける。


「私達の家柄や身分すらも、幻想の力で誤魔化す事が出来る。正体がバレるリスクは、グッと下がると思うの」


 流石はフローラの幻想魔法。そんな事も出来るのか。

 

 確かに、魔女だと気付かれる危険性が減るのならば、それに越した事は無いか。少しだけ名残惜しいが、覚悟を決めた。


「分かった。じゃあ、使うね」


 カバンから、手のひらサイズの黒い箱を取り出す。少し異質な存在感を放つ箱。蓋に手をかける。意外と固い。そう簡単には開けさせないぞと、そんな意思を感じる。


 手に力を込め、何とか蓋を開けることが出来た。


 すると、中から眩い光が溢れ出し、僕達の身体を包む。目がチカチカする。まるで魔法少女の変身シーンのように、身体そのものが輝きを纏っていた。


 やがて光が収まり、自身の身体を確認する。藍色のロングドレス。所々に、黄色の刺繍が散りばめられている。それはまるで、美しい星空のように……。


「へぇ……こりゃ凄いや! どう、シオン。似合ってるかな?」


 真っ赤なドレスに身を包んだリズが、こちらを向いてポーズを取る。


「う、うん……」


「そっか。えへへ……」


 満足そうに笑うリズの横で、若草色のドレスを着たソフィーが、よたよたと歩いている。


「こ、この服、歩きにくいなぁ……ひゃあ!?」


 倒れかけた彼女を、黄色いドレス姿のコラリーが受け止める。


「何やってんのよ? 見た目が変わっているだけで、実際にドレスを着ている訳じゃないんだから。いつも通り動ける筈よ」


「えっ? ……あ、本当だ。私、早くも幻想に惑わされちゃった」


 えへへ……と苦笑いするソフィーを見て、コラリーは小さくため息を吐く。


「全く、しっかりしなさいよね」


 コラリーの言う通り、ドレスの重たさや、ハイヒールを履いている感覚は無い。これなら、跳んだり走ったりも出来そうだ。


「なるほど、これが幻想魔法ですか。……敵に回すと、かなり厄介ですね」


 水色のドレスを着たアネットは、物騒な独り言を口にしていた。




 山の麓まで降りた、ドレス姿の僕達五人。遠くでは、首都に向かう馬車が走っているのが見える。


「……ねぇ。本当に、首都まで歩いて行くの?」


 突然、リズが立ち止まり、僕達に向けて尋ねてきた。


「そうですけど……何か不満ですか?」


 先頭に立つアネットが、首を傾げている。


「考えてごらんよ。人間達が馬車で移動する中、僕達は徒歩だよ。それも、ドレス姿で……。シュールというか、流石に変じゃない?」


「言われてみれば……」と、他の魔女達も頷く。フローラの幻想魔法で、馬車まで出せれば良かったのだが。


 魔法……そうだ。


「ソフィーの魔法で、馬車の絵を現物化すれば――」


「「それはダメ!」」


 ソフィーとコラリー、二人の声が揃う。僕の言葉を遮るように、強く否定する。


「そのー、ほら。私の絵は、時々言うことを聞かなくなるから……」


「そうよ! 急に言葉を話したり、暴れて人を轢いたりでもしたら、二度と首都に入れなくなっちゃう」


 なるほど……確かに、騒ぎを起こすのは論外か。


「私の絵じゃなくて、人間達の馬車に同乗させて貰うのは、ダメかな?」


「うーん……五人同時に乗せて貰うのは、流石に難しいわね」


 ソフィーの問いかけに対し、コラリーが首を振りながら答えた。


「もう手っ取り早く、ボスの転送魔法を使おうよ。この距離だったら、五人まとめて首都へ行けるだろうし」


 痺れを切らしてしまったのか、リズがカバンから魔法箱を取り出す。


「ちょ、ちょっと待って! それは緊急時の脱出用に――」


 慌てて静止するコラリー。しかし――。


「はい、発動!」


 リズは躊躇いもせず、魔法箱の蓋を開けてしまった。箱の中から、光が溢れ出し、僕達の身体を包む。


「バカ! もっと後先考えて――」


 コラリーの怒声が、プツリと途切れた。視界が歪む。上下左右の方向感覚が狂う。久しぶりに味わう感覚。空と地面が、目の前で混ざり合っていく……。




 やがて視界が戻ると、僕は固い地面の上に尻餅をついていた。辺りに人は居ない。背の高い建物に囲まれ、日陰となっている。かなり狭い道だ。路地裏……だろうか?


 ゆっくり立ち上がり、光が差し込む方へと進む。人々の声や楽器の演奏が混ざり、とてつもなく賑やかだ。


「うわぁ……」


 思わず声が漏れる。表通りは、早足で歩き回る人々で溢れかえっていた。僕と同じようにドレスを着た女性もいれば、銃を武装した兵隊のような男性もいる。


 煉瓦造りの鮮やかな建物が並ぶ街は、色とりどりの花や装飾で彩られ、華やかな雰囲気で溢れかえっていた。まさにお祭りムードと言った所か。


 どうやら僕は、無事に首都へ転送されたようだ。


「……あれ?」


 思い出したように、辺りをぐるりと見渡す。そして一度振り返り、暗い路地裏を確認する。

 しかし、一緒に転送された筈の魔女達は、誰も居なかった。コラリーも、ソフィーも、リズも、アネットも……。


 そこで僕は思い出す。かつてヒールの首席――エレーヌに転送して貰った時、フローラと逸れないように抱き合っていた事を。


「まさか……」


 最悪の状況が、頭をよぎる。それは受け入れざるを得ない事実。間違いない、僕は……。



 見知らぬ土地で一人、皆んなと逸れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る