三十三話

 身体の自由を奪われ、地面に転がるコラリー。竜巻の風圧により、身体の至る所に切り傷を負い、痛々しく出血している。


「その制服……エンターテイメントの魔女が、どうしてここに居るのですか? 何故、コソコソと私達をつけ回していたのですか?」


 アネットは腕組みをして、仁王立ちで見下ろす。コラリーは目を逸らしたまま、蚊の鳴くような声で呟いた。


「シ、シオンが……心配だったから」


 ……えっ?


 コラリーの口調が、徐々に力強くなる。まるで気持ちをぶつけるように、彼女を取り囲むリズやアネットを真っ直ぐ見つめる。


「シオンは、まだ記憶を取り戻したばかりで、力も未熟なの! だから、その……保護者として、私も一緒に行くから!」


「……はぁ?」


 リズが怪訝そうな顔で、コラリーの顔を覗き込むようにしゃがむ。


「そんな提案、受け入れる訳ないでしょ? 君、自分の立場分かってんの?」


 リズが拳を握る。するとコラリーを拘束する岩が、ゴリゴリと彼女を締め上げる。


「そんなか細い身体なんて、その気になれば一瞬で潰せるんだからね」


「くっ、うぅ……」


 弱々しい声を上げ、苦しむコラリー。


「や、やめてよリズ!」


 思わず止めに入った。リズは首を傾げてこちらを見つめている。


「確かに、こっそり着いて来たのは悪いかもしれないけど。でも、僕からも頼むよ。彼女を仲間に入れて欲しい」


 頭を下げる。嬉しかったんだ。僕のことを心配して、ここまで来てくれた事が。


「……まぁ、シオンがそこまで言うなら、良いけど」


 リズは握りしめていた手を緩める。すると、コラリーを締め付けていた岩が消滅した。


「……ありがとう、リズ」


 微笑みかけると、リズはぷいっと顔を逸らした。


「二人も、良いかな?」


 ソフィーとアネットにも、確認する。


「もちろん、私は大賛成だよ! コラリーちゃんが居てくれると、心強――」


「待ってください! 何を言っているんですか!?」


 ソフィーの発言を遮るように、アネットが口を開いた。


「そんなのはルール違反です! 参加する魔女は、一つの学校に一人の筈。きちんと守って下さい!」


 早口で捲し立てるように話す。その様子を見て、リズはわざとらしくため息を吐いた。


「あーうるさいうるさい。これだから偽善者集団の犬は……。君が何を吠えようと、既に賛成多数なんだからさ。潔く諦めなよ」


「なっ……い、いいんですか、リズ!? あなたは本来、こちら側の――」


「はーい、この話は終わりー。僕は小屋の内装を整えるから、皆んなは食料調達とか、その辺よろしくー」


 話を遮ると、そのまま小屋の中へと入っていった。


「……じゃあ、そういう事で。コラリーちゃん、傷を癒してあげるから、おいで」


 ソフィーは眼鏡を整えながら、優しく話しかける。


「別に、良いわよ。こんな傷くらい、自分で治せるから」


 指を鳴らそうとしたコラリーの手を、両手で包み込むように握りしめた。


「良いから。前も言ったでしょ? 『治すのと癒すのは、別物』ってね。私こう見えても、トリートメントの魔女なんだから」


「……じゃあ、お言葉に甘える」


「すぐ戻るから」と言い残し、二人は茂みの奥へと消えていった。


 取り残された僕とアネット。彼女はこちらを強く睨みつけており、視線が痛い。


「……食料、調達して来ますから」


「僕も、手伝お――」


「結構です!」


 冷たく言い放ち、コラリー達とは反対方向へと行ってしまった。





 その夜。リズが内装を整えた小屋は、まるでコテージのような空間へと様変わりしていた。


「ご飯できたよー」


 岩で出来た食卓の上に、色とりどりの料理を並べるリズ。その多くは、アネットが採ってきた山菜や川魚だ。この短時間で、よくもまぁここまで調達できた物だ。


 五人で食卓を囲う。料理の香りが、食欲をそそる。リズの料理は何回か食べた事があるから、期待が持てる。


 ちなみに小屋の中は、ソフィーが描いた絵によって明るく照らされている。この灯りは、外からは見えないそうだ。


 そして、小屋から発生する音が外へ漏れないよう、コラリーの魔法でシャットアウトされている。ここは帝国領内。万が一でも人間にバレないための配慮だそうだ。


 何だかんだで、皆んなそれぞれ自身の魔法を使い、協力し合っている。……でも、僕は何も出来ていない。


「はいシオン、あーん」


 ろくに働いてもいない僕に、リズが優しくしてくれる。その様子を見て、コラリーが身を乗り出した。


「ちょっと! 何やってんのよ、アンタ!?」


「何って、シオンに料理を食べさせているだけだよ」


「シオンの保護者は私なんだから! 私が食べさせるの!」


 そう言って、コラリーは近くに置いてあるお皿を手に取る。


「あ、それ私のおかず……」


 ソフィーが泣きそうな顔で呟いていたが、どうやら二人には聞こえていないみたいだ。


「新参者は黙ってなよ」


「アンタこそ、他所の学校のくせに、うちのシオンに手を出さないでよね!」


 どういう訳か、言い争いが始まった。その様子を、呆れた顔で見つめるアネット。


「全く騒がしいですね。食事の時くらい、静かに出来ないのですか?」


 ため息を吐きながら、おかずを大盛りに乗せている。


「そういう君は、一人でどんだけ食べようとしてんのさ?」


 リズはアネットのお皿から、おかずを奪おうとする。


「やめて下さい! 私が調達した食料ですよ!?」


「だから何? 僕が作った料理なんだけど」


「まだ沢山あるじゃないですか? ……あ、このおかずも好物なので、頂きます」


「ダメだって! それはシオンに食べてもらうんだから!」


 歪み合う二人。ソフィーの前に置いてあるお皿を、取り合っている。


「それも、私のおかずなんだけどな……」


 ソフィーが涙目になっているが、やはり二人は気づいていなかった。





 明くる朝。高台から見下ろすと、馬車の行列がぞろぞろと首都へ向かっているのが見えた。一体どれだけの人間が集まるのだろうか。


「いよいよだね……」


 大きく息を吸う。不安と緊張が入り混じり、脈拍が早まる。でも、きっと大丈夫。コラリーも居るし、フローラの幻想魔法だってついている。


「じゃあ、さっさと出発しましょうか」


 アネットが先陣を切り、僕達も後に続いて出発した……と思ったが、コラリーに歩みを止められる。


「ちょっと待って! ……あんた達、服はどうするのよ?」


「服?」


 立ち止まり、それぞれ首を傾げる。コラリーはパチンと指を鳴らすと、黄色いドレスが姿を現した。


「舞踏会で着るドレスよ。これから首都へ行くんでしょ? その格好だと、魔女って丸分かりじゃない」


 ……あ。


 僕達四人は、互いに顔を見合わせる。それはそれは、間抜けな顔をしていた。きっと僕も、同じ表情をしている。


「あんた達ね……」


 呆れたように頭を抱えるコラリー。


「仕方ない……シオン。早速だけど、フローラ先輩の幻想魔法を使うわよ」


 コラリーは僕のカバンを指差し、ため息混じりに呟いた。

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