三十二話
トンネルの中は、淡い紫色の明かりに包まれ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。薄暗い。前を歩く魔女達の背中が、辛うじて見えるくらいだ。
外よりも気温が高いのか、じんわりと汗をかく。何となく息苦しい気がする。それに加え、身体が重たい。まるで重りを背負わされているような感覚だ。
額の汗を拭う。ふぅ、と息を吐いた後、目の前を歩くソフィーに問いかける。
「このトンネル、何処まで続いているの?」
「あー、そっか! シオンちゃんは初めてなんだよね」
僕とは対照的に、ソフィーは涼しげな顔をしていた。このトンネル内の劣悪な環境を、まるで意に介していないみたいだ。
「このトンネルを使えば、遠い場所まで簡単に移動する事が出来るの。普段は遺跡に隠されていて、強い魔力が無いと開かないんだ。それこそ、首席クラスのね」
「それで、
「そうだよ! まぁ使ったって言っても、実際に魔力を消費した訳じゃ無いから、安心してね!」
つまり、まだ幻想魔法を使う事が出来る、という訳か。それならよかった。
「移動可能な距離は、魔力の量で決まるんだ。今回、首席の魔力が四人分も集まったから、それはそれは遠くまで行く事が出来るよ。多分、帝国領の中心地、首都の近くまで行けるんじゃ無いかな?」
なるほど。国境さえ通り過ぎてしまえば、きっと検問は甘くなる。灯台下暗しとは、よく言ったもの。はなから懐へ潜り込もうという作戦か。
魔力が強いほど、帝国の中心地へ入り込む事が出来る。それでフローラは、ヒールとベビーフェイスの参加に賛成したのか。
――
やっと、フローラの言葉の意味が分かった。
「全く、あなたはそんなことも知らずに、この実習に望んでいるのですか。お気楽もいい所ですね」
先頭を歩くアネットが、事あるごとに悪態をついてくる。
「いちいちうるさいなぁ。……シオン、こいつの言う事、気にしなくて良いからね」
反対に、リズは優しくフォローしてくれる。
「リズ……あなた、変わりましたね。腑抜けたというか、何というか。まるで張り合いが無いです。残念ですが、今のあなたには負ける気がしません」
「……はぁ? 何それ、喧嘩売ってんの?」
リズの声が低くなる。暗い中、ゆっくりとアネットに詰め寄る姿が見えた。
「言っとくけどね、僕はボスに命令されただけ。帝国の動向を探るため、仕方なく君達に同行しているだけだよ」
彼女の胸ぐらを掴み、怖い顔で睨みつける。
「そうじゃなければ、君も、そこのトリートメントの魔女も、とっくに岩で押し潰してるから」
「わ、私も……!?」
急に巻き込まれ、ビクッと背筋を伸ばすソフィー。対して、アネットは全く動じていないように見える。
「ふん、それはこちらのセリフです。レティシア様の指令が無ければ、あなた達のような下等な魔女、この手で始末していますから」
リズの手をパシッと払いのける。睨み合う二人。視線が火花を散らしている。
「ま、まぁまぁ二人とも、落ち着いて! 何はともあれ、目的は皆同じなんだからさ! 仲良く……まではいかなくとも、せめて喧嘩はやめようよ! ね?」
ソフィーが間に立ち、声をかける。暫く沈黙の時が流れた後、アネットが無言で進み出す。リズも舌打ちをしながら、後に続いた。
「……はぁ」
ソフィーは深いため息を吐いていた。険悪な雰囲気。板挟みを受ける彼女が、少し不憫に思えてくる。
目的は同じ……か。
リズもアネットも、首席に命じられて魔女実習に参加している。帝国の動向を探る……となると、やはり目的は、女帝ヴァレリアの演説になるのだろうか。
帝国の、絶対君主か……一体どんな人物なのだろうか。
色々と考えを巡らせている内に、徐々にトンネルが明るくなり始める。そして、僕達四人は外へ出た。
「ここは……」
辺り一面、木々が生い茂っている。遠くで鳥や動物の鳴き声が聞こえる。
後ろを振り返ると、大木の幹にポッカリと穴が空いていた。……僕達が通ってきたトンネルだ。
「どうやら、帝国内……それも、かなり首都から近い場所に、辿り着いたようですね」
アネットは草木を掻き分けつつ、歩み始める。後に続いて進むと、やがて見晴らしのいい高台に辿り着いた。どうやら今、僕達は山の中腹辺りに居るみたいだ。
「シオン、あれが帝国の首都だよ」
リズが指差す先、霞んでギリギリ見えるくらいの距離に、大きな都市が見えた。高い建物や、お城のような建造物も見え、遠くからでも華やかな雰囲気が伝わってくる。
すでに僕達は、帝国の領土内に入った。あとは、どうにかして首都へ侵入しなければならない。
「
ソフィーの提案に、皆頷いた。
「じゃあ、まずは寝床を作らないとね」
リズは指をパチンと鳴らす。すると、何処からともなく巨大な岩が出現し、姿形を変えていく。まるで早送り映像のように、あっという間に石造りの小屋が出来上がった。
改めて、魔法の力って便利だと思った。
「どう? 凄いでしょ?」
リズは得意げに笑っている。その傍らで、アネットは怪訝そうな表情を浮かべながら、小屋の壁をコンコン叩く。
「……本当に、安全なのでしょうね? いきなり崩れたりしませんか?」
「文句があるなら、君だけ外で寝れば?」
リズは冷たく睨みつける。アネットは暫く黙っていたが、やがて目を逸らしながら小声で呟く。
「……まぁ、ここはありがたく使わせて頂きます」
「ふん、分かれば良いんだよ。どうせ君の力じゃ、物を作るなんて出来ないんだから」
リズの煽りを受け、今度はアネットが彼女を睨みつける。気まずい沈黙が、この場を支配する。重たい空気を払拭するように、ソフィーが手を叩いた。
「じゃ、じゃあ荷物を置いて、早めに夕ご飯の準備をしよっか」
苦笑いを浮かべながら、小屋の入り口へと向かう。
夕ご飯……あれ? もうそんな時間か。早朝に出発した筈なのに、太陽は徐々に西へ傾いている。時間の経過が早く感じるのは、あの不思議なトンネルの影響だろうか?
「そうだね。でも、その前に……」
リズは後ろを振り返り、茂みの方を睨みつける。いつになく真剣な表情だ。その様子を見て、アネットが耳打ちをした。
「……リズ、あなたも気づいていましたか」
「当たり前だよ。僕を誰だと思ってんのさ」
二人は小声で会話を続ける。僕とソフィーは状況を掴めず、顔を見合わせていた。そして――。
「「そこに隠れているのは、誰!?」」
リズとアネット、二人の声が揃う。同時に、指をパチンと鳴らした。すると、茂みをかき混ぜるような竜巻が発生し、隠れていた人物を高く舞い上げた。
女性……だろうか? 地面へ落下しながら、こちらを向いて手を動かそうとしている。そこへ間髪入れずにリズの岩が集まり、四肢や胴体を固く拘束した。
それは一瞬の出来事。まるで事前に打ち合わせしたかのようなコンビネーションで、隠れていた女性を捕らえた。先程まで歪みあっていた二人とは思えない。
「な、なに!? どうしたの!?」
対して、ソフィーは何が起こっているのか分からない様子で、慌てふためいている。その様子を見て、リズは大袈裟にため息をついた。
「君さぁ、遺跡で合流する前から、ずっとつけられていたんだよ。気づいてなかったの?」
「えっ、そうなの!? 全然分からなかった……」
信じられない、と言わんばかりに目を見開き、両手を口に当てている。
「全く、これだから平和ボケした魔女は……先が思いやられますね」
リズに続き、アネットも呆れたようにため息をついた。
二人に捕えられた女性は、青い瞳で悔しそうにこちらを見ている。金色のボブヘアー、そして黒と黄色の制服――。あれ?
「こ、コラリー!?」
彼女はバツが悪そうに目を逸らす。ここまで僕達を追跡し、茂みに潜んでいたのは……『音の魔女』コラリーだった。
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