ヒールvs骸の魔女
二十四話
じりじりと歩み寄るフローラ。リズは小さく舌打ちをした後、指をパチンと鳴らした。
「それ以上、近寄らないでよ!」
叫びながら、岩で作成したドリルをフローラに放つ。しかし、彼女は受け止める事も、避ける事もしなかった。
ドリルは全て直撃したかに思えたが、どういう訳か、フローラは無傷だった。まるでロボットのように、表情を変えぬままこちらへ向かってくる。
「……くそっ、これならどうだ!」
再び指を鳴らす。今度はフローラの周りに、ピンポン玉のような石が集まる。そしてもう一度指を鳴らすと、それらは派手な音を立てて大爆発を起こした。
一瞬で、フローラの身体は爆煙に包まれる。
「やった……!?」
隣で呟くリズ。流石のフローラといえど、これはタダで済まないのでは?
しかし、そんな心配は全く無用だった。黒煙の中から、またしても無傷のフローラが出てきた。平然とした表情のまま、歩みを止めることはない。
「こ、こいつ。本当に同じ魔女なの……?」
リズの顔に、恐怖が浮かぶ。その時、フローラ目掛け、何処からか火の玉や白い光線が発射された。
「リズ! 皆んなでやっちまおう!」
「一人で乗り込んだ事、後悔しな!」
ヒールの魔女達だ。その数、ざっと十人くらいだろうか? リズを援護するように、フローラへ向けて魔法を放っていた。
しかし案の定、フローラに攻撃は届かない。魔女達がざわつく中、フローラの指を鳴らす音が、無慈悲に響く。
「
茜色の空が一転、まるで宇宙空間のように暗くなり、満点の星空が広がる。そして空を支配するように、楕円を纏う青白い球体が出現した。
これが、幻想魔法……。あまりの美しさに、思わず見惚れてしまう。その傍らで、魔女達の悲鳴が響き渡る。
数秒のうちに、皆んな氷像のように凍結してしまった。何とも呆気なく、ヒールの魔女達が離脱。戦場に立つ者は、僕とリズ、そしてフローラの三人だけになる。
気づけば、フローラはかなり近づいていた。あと数メートルくらいだろうか。リズは身震いしながら、一歩二歩と後退りをする。
「……もう一度、チャンスをあげる。シオンを返してちょうだい」
無表情のまま、右手をこちらに差し出す。声のトーンが、いつもより低い。きっとフローラは怒っている。
「……く、くそっ!」
リズは僕の手を取り、フローラと反対方向へ走り出した。僕は抵抗できぬまま、リズに着いていく。後ろを振り返ると、フローラが無表情でこちらを見つめていた。
追って来る気配は無い。いや、きっと追いかける必要性が無いのだ。この島全てが、彼女の射程圏内。だとしたら今のリズは、虫籠の中を逃げ回っているに過ぎない。
「リズ、こんなのもう辞めよう。きっと今なら、フローラも許してくれるよ」
「嫌だ! 最後まで、絶対に諦めないよ!」
リズは近くの暗い小屋へ、逃げるように侵入する。四畳半ほどの部屋。その壁際へ、二人して身を潜めるように座り込む。
「はぁ、はぁ……これだけ狭い空間なら、きっと無闇に幻想魔法を使えないでしょ!?」
息を整えつつ、小さな窓から外の様子を伺っている。
「これから、どうするの?」
「ここにおびき寄せて、僕の岩で、あいつを閉じ込める。あとは時間を稼いで……ボスが気まぐれで帰ってくるのを待つ」
リズの口から出たのは、あまりにも勝算の薄い作戦だった。人間の僕でも予想できる。きっとリズは、フローラを閉じ込める事すら叶わないだろう。
本来のリズなら、こんな無茶な賭けはしない筈。引き際をきちんと見極めることが出来る筈だ。しかし今の彼女は、余りにも盲目的に見える。
「どうしてそこまで、この戦いに拘るの?」
分からない。何が彼女の判断を鈍らせているのか。
「……手放したく無いから」
リズは窓から外を眺めたまま、ぼそりと呟いた。
「君を手放したく無い。骸の魔女の元へ、返したく無い。ずっと、そばに置いておきたい。いつからか、そう思って――」
次の瞬間、彼女の身体から白い煙が立ち始める。部屋の温度が、一気に低下したような気がした。
「冷たっ……!?」
「リズ?」
褐色の肌が、徐々に白く染まっていく。まるで霜に侵食されるように。彼女の熱が、じわじわと奪われていく。……間違いない。フローラの魔法だ。
「くそっ! くそっ……!」
慌てて立ち上がる。そして体温を上げようと、必死に身体を動かす。しかし抵抗虚しく、ついに足元からパキパキと凍り始めた。
四肢の動きが緩慢になる。やがて観念したのか、リズは諦めたようにその場へ座り込んだ。白いため息が宙を舞い、寂しそうに消える。
僕はどうすれば良いのか分からず、その場で立ち尽くしていた。そんな中、リズは何かが吹っ切れたように小さく笑う。
「あーあ、ここまでか。君の言う通り、分かっていたんだよ。本当は勝てっこないってさ」
殆ど凍りついた手を、シャリシャリと動かす。指を鳴らそうとしているようだが、思うように動いてくれないみたいだ。
「シオン、君の言う通りだよ。僕はずっと、人の感情を恐れていた。裏切られるのが怖かった。君に言われて、全部気づいちゃったよ」
髪の毛が、眉毛が、まつ毛が、彼女の全てが白く染まる。彼女が話すたび、白い吐息が口から漏れる。
「魔女が死ぬ事は無いけれどさ。それでも、痛みや恐怖は感じるんだ。今だって、物凄く寒くて、暗くて、怖い」
瞳が凍りつき、黒目が見えなくなった。唇の動きが緩慢になり、滑舌が悪くなる。
「……ねぇ、シオン。ほんの少し、で、いいから、僕を……温めて、よ」
無言のまま、リズの凍りついた手を取る。驚くほど冷たい。それでも僕は、温めるように両手で包み込んだ。
なんて事は無い。きっと彼女の方が、何倍も冷たい思いをしているから。
彼女を温める方法を、必死で考える。結論、やはり僕にはこれしか無いと思った。大きく深呼吸をする。軽く咳払いをして、喉の調子を確かめる。
前髪に留めてある、ブルースターの花が淡く光る。凍りゆくリズの身体を、優しく照らしてくれる。
頭に浮かぶは、切なくも温かい恋愛ソング。かつて大勢の涙を誘った曲を、サビの部分に限局し、リズに向けて歌った。
一言一句、優しく丁寧に。彼女の凍った心を、溶かすように……。
「シオン……」
リズは弱々しく呟く。ブルースターから放たれる青い光が、彼女の凍りついた身体を包み、オブジェのように美しく乱反射していた。
「あぁ……僕が、最初に愛した、人間が……シオン、君だったら、良かった、な……」
歌の途中、そんな声が聞こえたような気がして、少しだけピッチが乱れてしまった。
歌い終わった頃には、リズの身体は完全に凍結し、動かなくなっていた。どこまで意識が続いていたのか分からない。凍る瞬間、きっと物凄く寒くて、暗くて、怖かった筈なのに……。
氷像となった彼女は、どこか安心したような顔で微笑んでいた。
握っていた手を離す。僕の手は、まるで凍傷を負ったように腫れ、ヒリヒリと痺れていた。
「ごめん、リズ。やっぱり、僕に誰かを救うなんて、そんなおこがましい事は無理だった。何故なら――」
凍りついた耳に届くように、そっと呟く。
「僕だって、誰かに救われたいと願っているから」
もちろん、彼女からの返事はなかった。
―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ――
こんにちは、作者の小夏てねかです。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
今後の更新についてお知らせがありまして、近況ノートにまとめております。またお時間ありましたら、ご確認頂けたら幸いです。
ざっくり申し上げますと、今まで何とか毎日更新してきましたが、今後は月・水・金の週三回に、土日は余裕があればって形にさせて頂きたいと思います。
本当に申し訳ないと思っておりますが、お許し頂けると嬉しいですm(_ _)m
物語が終わるまでは、必ず書き続けますので今後ともよろしくお願い致します!
小夏てねか(7/21更新)
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