十三話
巨大なハムスターの化け物は、眼鏡の女性に飛び掛かり、馬乗りの状態となった。鋭い牙が、ギラリと光る。悲鳴を上げる女性。
流石にこの状況、まずいのでは……!? 助けてあげたいが、突然の出来事に、足がすくんで動かない。
そんな中、僕の隣で様子を見ていたコラリーが、颯爽と化け物の元へ駆け出す。
「ちょっと! 洒落になってないじゃない!」
指をパチンと鳴らすと、手のひらサイズの黒い球体が現れた。
「
球体を、化け物へ向けて投げつける。頭部に直撃すると、球体は甲高い音を立てて破裂した。
「グギャァァァ!?」
化け物は驚いたような雄叫びを上げ、ふらふらとよろける。その隙に、眼鏡をかけた女性は化け物と距離をとる。
「あっ、今度はエンターテイメントの魔女さんよ!」
「二つの学校による共闘ね! 熱い展開だわ!」
周囲の住人からは、相変わらず状況把握に欠けた声援が飛び交う。未だに一連の出来事を、魔女による出し物と思っているらしい。
やがて正気に戻った化け物は、低い唸り声を上げながらコラリーを睨みつける。
「もし私が怪我をしたら、アンタの学校に慰謝料を請求するから」
コラリーは小さく舌打ちを鳴らし、身構える。
「す、すみません……」
眼鏡の女性は、コラリーの背後に隠れるように後ろへ下がった。
「……その必要は、ありません」
落ち着いた声と共に、人混みの中から一人の女性が姿を現す。深緑色の長い髪を後ろで束ねた、ポニーテールのような髪型。眼鏡の女性と同じような服を着用している。
彼女が指をパチンと鳴らすと、化け物はたちまち白く染まり、その形状が変化していく。やがてフワフワした綿のような姿へと変貌し、活動を停止した。
突然の出来事に、周囲は静まり返る。何が起こったのか分からず、固唾を飲んでいた。
ポニーテールの女性は、カバンから木の棒を取り出すと、綿のように変化した化け物に突き刺す。そのままくるりと棒を回転させると、まるで綿飴のように、棒に綿が纏わり付いた。
女性は無表情のままコラリーに歩み寄り、綿が付着した棒を渡す。
「はい、労働費です」
「……どうも」
コラリーは、いまいち釈然としない様子で、無愛想な返事をしながら受け取った。
女性はもう一つ、木の棒を取り出すと、同じように綿飴のような物を作る。そして、今度は僕の方へ近づいてきた。
「はい。あなたも、どうぞ」
少しだけ口角を上げ、落ち着いた笑みを浮かべながら、綿が付いた棒を差し出した。
「あ、ありがとう」
受け取りながら、ちらっとコラリーを見る。彼女は何の躊躇もなく、綿のような物質を食べている。僕も思い切って、貰ったものを口に運んだ。
――正真正銘、本物の綿飴だ。
フワフワした口当たりも、口の中で溶けて小さくなる感触も、砂糖の甘さも。間違いなく、綿飴そのものだった。ほんの数分前までは、唸り声を上げる化け物だったのに。
驚きに浸る僕の横で、眼鏡の女性がもじもじしながら前に出た。
「あ、あの〜。キャロリン、私の分も……」
媚びるように、恐る恐る尋ねる。しかし、ポニーテールの女性――キャロリンは、冷たい視線を向けた。
「あなたはダメです。他校の魔女にまで迷惑をかけて……。少しは反省して下さい」
「だ、だよね〜。ははは……」
困ったように苦笑いしながら、一歩後ろに下がる。そんなやり取りをしている内に、周囲の住人たちが再び騒ぎ始めた。
「す、すごい! 化け物をお菓子にしちゃった!」
「ママ〜! 魔女のお姉ちゃん、かっこいい!」
「流石、トリートメントの魔女さんね!」
賞賛を受け、頬を赤く染めるキャロリン。カバンから木の棒を沢山取り出し、次々と綿菓子を作り始めた。
やがて完成した綿菓子を、周囲の住人たちに配って回る。住人たちは皆、大喜びで受け取っていた。中には涙を流す者も居た。
数分のうちに、巨大なハムスターの形をした綿の塊は完全に食べ尽くされ、跡形も無くなった。満足した住人たちも去り、残ったのは僕と三人の魔女だけとなった。
「あのー……本当に、ありがとうございました!」
眼鏡の女性が、コラリーに向かって勢いよく頭を下げた。反動で地面に落下した眼鏡を、慌てて拾い上げている。
「ふん、毎年恒例じゃない。まぁ、怪我人は出なかったし、別に良いわよ」
コラリーは、腕組みをしながら答えていた。毎年恒例、なのか……。
彼女が落ち着いて対処出来たのは、きっと以前にも同じような事があったからだろう。
眼鏡の女性は、キャロリンにもペコリとお辞儀をする。
「キャロリンも、ありがとう」
キャロリンは、女性の開いたおでこに、パチンと音が響く強さでデコピンをした。
「いたっ!」
驚いた声と共に、おでこを両手で押さえる。
「全くあなたって人は、どうしてこうも毎回、トラブルを引き起こすのですか? どうせ今回も、あなたが描いた絵から化け物が飛び出したのでしょう?」
「ご、ご明答……」
「いい加減対策を考えなさいと、いつも言ってるじゃ無いですか。毎回フォローしなければならない、私の身にもなってください」
小言を言いながら、もう一発デコピンをお見舞いする。
「ご、ごめんってば〜」
眼鏡の女性は、眼をうるうるさせながらおでこを摩っていた。キャロリンは一つため息を吐いたのち、こちらを向く。
「……あなたは、初めましてですね」
少しだけ微笑みながら、自己紹介を始めた。
「私たちは、トリートメントという学校で、人々を癒す魔法を学んでいる魔女です。私はキャロリン。こっちのトラブルメーカーは、ソフィーと言います」
「ソ、ソフィーです。ご迷惑をお掛けするかもですが、よろしくお願いします!」
再び、勢いよくお辞儀をして、地面に落ちた眼鏡を拾い上げている。
「こ、こちらこそ。僕は詩音。数日前に、エンターテイメントへ入学したんだ」
「なるほど……あなたがシオンさんでしたか」
キャロリンは眼を見開き、驚いたような視線を向ける。
「えっ? 僕のこと、知ってるの?」
「はい。あのフローラさんにお弟子さんが出来たと。私達の学校でも噂になっていましたが、本当だったのですね」
「へぇー! 君が『骸の魔女』のお弟子さんなんだ!」
ソフィーの目がキラキラ光る。物珍しそうな表情で、僕のことを見つめている。
噂は学校という垣根を越え、他校の魔女達の耳にも入っているようだ。驚くはフローラの顔の広さ、といった所か。
エンターテイメントと、トリートメント。どうやらお祭りには、二校の魔女達が参加しているようだ。
「おっと、そろそろ時間のようです。ソフィーさん、行きましょう。子供達が待っています」
「あっ! そうだね!」
キャロリンはこちらを向き直し、落ち着いた声で話し出す。
「私達は、これから孤児院へ向かいますので。お二人は、お祭りを楽しんでください。ステージ、楽しみにしてますから」
「孤児院?」
「はい。この町の隅にある、小さな孤児院です。戦争によって両親を失った子供達が、そこで生活しています」
戦争……。その単語を聞いただけで、再び僕の心拍数が上昇する。
そうだ。ここは共和国。先日聞いたコラリーの話によれば、現在も帝国側と戦争中なのだ。ここに成人男性が一人もいないのは、きっと戦争に駆り出されているから。
会ってみたいと思った。僕と同じように、戦争によって両親を失った子供達に。
……会って、確認したいと思った。僕と同じように、心を閉ざし、夢も希望も見失った子供がどれだけ居るのかを。
別に、傷の舐め合いをしたいわけじゃないけれど。でも、自分と同じ思いの人がいるだけで、どこか心が落ち着きそうな気がした。
「……ねぇ、コラリー」
「良いわよ」
僕の話を遮るように、答えが返ってきた。
「まだ、何も言ってないけど?」
「大体分かるわよ。孤児院に行ってみたいんでしょ? まだ私達のステージまで時間はあるし、行っても良いよ」
「ありがとう」
「その代わり! ……私も、一緒に行くから。あ、あんた一人だと危ないし! 別に一緒に居たいとか、そんなんじゃないんだから!」
急にコラリーの語気が強まる。その様子を、トリートメントの二人は「これはこれは……」と微笑みながら眺めていた。
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