収穫祭
十二話
声を取り戻してから、六回目の朝がやって来た。あと二十日余りで、フローラに食べて貰えるかどうかが決まる。つまり、僕達の関係が終わりを迎えるというわけだ。
そして今日は、
「おはよう……その花、どうしたの?」
挨拶と共に、フローラが近寄ってくる。無表情のまま、僕の前髪を指差して尋ねた。
「おはよう。これ、ハリエットに貰ったんだ」
「そう……」
無言のまま、ゆっくりと顔を寄せてくる。僕の額に、彼女がどんどん近づいてくる。その距離に反比例するように、僕の心臓が鼓動を強めていく。
そのまま、フローラはブルースターの香りを嗅いだ。彼女の優しい呼吸の音が、僕の耳を柔らかく刺激する。
「綺麗だね」
「……ありがとう」
少しだけ気落ちした。フローラが興味を示した対象は、僕じゃなくてブルースターだったらしい。
まぁ、薄々分かっていたけれど。でも、それ以上の事を期待してしまった自分がいた。
「じゃあ、行こうか」
「……うん」
彼女と共に、箒に跨る。そして学校とは反対の方角へ、僕達は飛び立った。
山や川を幾つか超えた先に、鮮やかなレンガ造りの家が集まる、小さな町が見えてきた。中心には、背の高い時計塔がそびえ建っている。フローラはゆっくりと高度を下げ、地面へと降り立った。
町の中に入る。路地では出店の準備をする大人や、はしゃいで走り回る子供達で賑わっていた。しかし、早くも僕は、この町の違和感に気づいてしまう。
……大人の男性がいない。
店支度をする人も、お祭りの運営で駆け回る人も、はしゃぐ子供達の相手をする人も、大人は皆女性ばかりだ。男性は、どこで何をしているのだろうか。
そんな事を考えていると、見知った二人組に声をかけられた。
「あっ、フローラちゃんとシオンちゃん! ごきげんよう!」
ハリエットが、相変わらずの明るい笑顔で手を上げる。その後ろで、コラリーがもじもじとこちらを見つめていた。
「シオン。アンタその髪飾り、どうしたのよ?」
「あぁ、これ? ハリエットに貰ったんだ」
「そう。……に、似合ってるわ」
小声で呟くコラリーは、僕を見ずに下を俯いている。どこか余所余所しい態度に疑問を抱きつつ、返事をする。
「あ、うん。……ありがとう」
「かっ、勘違いしないでよ! 花が綺麗なだけで、別にアンタを褒めたわけじゃ無いんだからね!」
コラリーは、何故か噛み付くような口調だった。その様子を見て、クスクスと笑うハリエット。フローラは……相変わらず、無表情だ。
隣に並ぶフローラとハリエット。改めて、対照的な二人だと思った。
「あっ、魔女のおねーちゃんだ!」
立ち話をする僕達の元に、まだ十歳に満たないくらいの子供達が、ぞろぞろと集まる。キャッキャとはしゃぎながら、僕達を囲う。
「魔女のおねーちゃん、今日はよろしくー!」
「楽しみにしてるから! 頑張ってね!」
元気で無邪気な音が響き渡る。その声に、ハリエットが笑顔で答えた。
「皆んな、ありがとう! 今日を最高の一日にしてみせるから、期待していてね!」
パチンと指を鳴らし、チューリップの花束を出す。そして色とりどりの花を、子供達に一本ずつ配り始めた。
大喜びの子供達は、はしゃぎながら満足げに走り去った。
……ここの人間は、魔女を怖がらない。どうして? 帝国兵達は、あんなに怖がっていたのに。
また一つ、浮かんだ疑問について考えていると、フローラが重たい口を開いた。
「……ハリエット、そろそろ」
「あ! うん、そうだね」
ハリエットはこちらを向き、思い出したように話し始める。
「私とフローラちゃんは、運営のお手伝いをするから。シオンちゃんとコラリーちゃんは、お祭りを回って来なよ!」
「そんな……私も手伝いますよ、先輩!」
「いいのいいの。それよりほら、シオンちゃんは初めてのお祭りだから。案内してあげて!」
「わ、分かりました。ありがとうございます!」
コラリーはぺこりと頭を下げると、こちらを向いて言う。
「ほ、ほら! 行くよ、シオン!」
僕の手を取り、引っ張るように走り出した。されるがまま、コラリーに着いて走る。
後ろを振り返ると、笑顔で手を振るハリエットと、仏頂面でこちらを見つめるフローラの姿があった。
人々が行き交う路地を、コラリーと並んで歩く。出店があちこちに並んでおり、食べ物の良い香りが充満していた。側では、立ち食いをする人々がちらほら見える。
お店を出す人、食を楽しむ人、友人と談笑する人……皆それぞれ、いろんな形でお祭りを楽しんでいるみたいだ。
「シオン、お腹空いたでしょ? 何か食べる?」
「良いけど、お金が無いよ」
「今日はお祭りよ。お金なんて、必要ないわ」
「そうなの……?」
つまり、お祭り中は食べ放題、ということか。町の人が浮かれているのも、納得がいく。
何を食べようか考えていると、何やら周囲の人々がざわつき始めている事に気づいた。
「だ、誰かー! 助けてくださーい!!」
女性の悲鳴が聞こえた。見ると、金縁の眼鏡をかけた女性が、必死の形相でこちらに走って来ていた。二つ結びの、やや短めな水色おさげ髪を揺らしながら。
そして彼女の後ろでは……巨大なハムスターのような動物が、涎を垂らしながら女の子を追いかけ回していた。
猪くらいの大きさだ。鋭く尖った前歯から、獰猛さが窺える。
「見て! あの制服……トリートメントの魔女さんよ!」
周囲の人々がざわつき始めた。女の子の服装――ロング丈のワンピースと、その上から羽織るポンチョ。いずれも清潔感のある白地に、緑色のラインが入っている。
そんな制服を着用する彼女は、注目の的となっていた。
「何あれ? 鬼ごっこ? 何かの出し物かしら?」
「よく分からないけど、凄いわ! 頑張れー!」
一瞬で、人々の注目が集まる。皆わいわいと盛り上がる中、当の本人だけは、死に物狂いで逃げ回っている。
「いやいや、出し物なんかじゃ無いんですけどー!!」
彼女の悲痛な叫び声は、ただ空に響いて消えていくだけだった。
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