7/31 これからも【Day31.遠くまで】

 撮影は個人のリップシンク、ユニット、全員撮影という順番だった。ボーカルソングということでダンスシーンの撮影はないが、メンバーによってはフリーダンスを踊るシーンがある。今は砂浜で御堂斎みどういつきが正しく『縦横無尽』に踊っていた。


「髪と衣装まで操ってるなあ……さすが」


 裸足がステップを踏むたびに砂が舞い上がる。それすらも効果的に見せて踊り狂っている様はMVということを忘れてしまうほどだ。撮影スタッフの背後でメイクを直されながら、佐々木水面ささきみなもは横目でその様子を眺めていた。


「みなもん、次リップシンク?」

「そうそう。亜樹は~? 終わったとこ?」

「今さっき、で、今は永介がやってる」


 リップシンクは場所を移動して、草木の生い茂る森のようなところで行う。ちなみにこれは人によって異なる。土屋亜樹つちやあき桐生永介きりゅうえいすけ、佐々木水面、御堂斎は森で、残りのメンバーは開けた草原で撮影される。


「なんか俺が入った瞬間、雨降ってきたんだけど……」

「えいちゃん、それ吉兆やで」

「そうなの⁉」


 頭にメイクさんから貰ったタオルをかぶったままの桐生は、月島滉太つきしまからの情報に目を丸くした。


「神の恵みなんやって。どこ行っても神様に好かれとるなあ、ええなあ」

「い、良いんだろうか」

「うーん……日本の神様よりは良い気はする」


 日本の神様は本当にわがままなひとが多いから、と月島が独り言ちた。そういえば、と桐生は先ほど一瞬顔を見せてすぐいなくなってしまったおじいさんについて語り始める。まら不思議なものを見とるなあ、と思いつつ月島はぬるっと通り過ぎる佐々木日出ささきひのでを呼び止める。


「あによ」

「なにって、……なんか食っとるやろお前」

「なにも?」

「飲み込んだやんけ」


 ケータリングにフルーツの山が届いているそうだった。しばらく待機の南方侑太郎みなかたゆうたろうはパイナップルを摘まみつつ、森富太一もりとみたいちの大学の課題を見ていた。どういう訳なのか、夏休み中にTOEICを受けなければいけないらしい。なんでそんな授業とったんだ、と南方は溜息をついた。


「もっと楽な単位いくらでもあっただろ。どうして茨の道を自ら爆走しようとしてんだ」

「え、英語話せたらカッコいいかな……って……」

「TOEIC受けるよりも亜樹や透と英語で話した方がよっぽど勉強になる」

「え~ん、正論すぎる~……」


 もう亜樹と透に英語しか喋るなって言っとく? リスニング能力めっちゃ上がるよ? とにやにや笑いながら詰め寄る南方に、森富は頭を抱えてどんどん小さくなってしまう。間に入ってきたのは御堂だった。


「ゆう、砂浜で踊れって」

「フリーダンスの撮影ね、そんな命令口調なことある?」

「とみーが泣かされてるからやり返そうかと」

「こいつの自業自得になんで俺がやり返されなきゃいけないんだよ」


 軽口の応酬を終えると一転、曲の印象に合わせた表情、雰囲気へとスイッチが切り替わるからそういうところはさすがだな、と御堂は感心した。森富は難しい顔をして英単語帳を見つめている。「自業自得」の意味が何となく分かった。


「斎、着替え終わったらリップシンクやるって」

「分かった、着替えてくるわ。……のでさん、とみーのことよろしく」

「英語分からん。透!」

「はい! はい⁉ えっ⁉」


 南方のフリーダンス、もといフリー演技を見ながらノリノリな高梁透たかはしとおるアレクサンドルは、唐突な日出からの呼びかけに驚きながらケータリングコーナーへやって来た。


「そこに置いてあるもの何でも食って良いから太一に英語教えてあげて」

「『何でも食って良い』って別に日出くんのでもないのに……」

「最近、太一はお兄ちゃんに対して厳しいなあ。愛情不足? 愛情与えたら優しくしてくれる?」

「あー……ごめんなさいごめんなさい! 暑いからくっつかないで!」

「ちゅーしていいですか!」

「駄目に決まってんだろ⁉」


 わちゃわちゃ、騒がしい一画を見つけた撮影を終えたメンバーがケータリングコーナーに集まってくる。桐生と月島、土屋、水面がテントの中に現れる。


「ちょっとお兄ちゃん、最年長のくせしてうるさいよ~」

「太一が冷たくて悲しかったんだ」

「それは悲しいわな、とみー優しくしたってよ」

「俺が悪い風になってる?」

「さっきゆうくんカッコよかったですよ? カメラの前だとカッコいいんですよ」

「またお前は怒られそうなことを……」

「ゆうー! ディスられてるぞお前!」


 土屋が叫べば砂浜から「どうせ透だろー!」と南方が声を張り上げた。高梁はにやにや笑いながら土屋と桐生の間に割り込み、ふたりの腕を取って自分の腕と組んだ。


「ふふ、ハッピーセットですね」

「俺とあきさまが?」

「あ、現地のマック食べてねえな。あとで行く?」

「現地のマックってどう違うの?」

「値段が高い」

「ええ……そこなの……?」


 ピザもいいなあと話し始める同級生トリオ。そんななかでほぼ同時にリップシンクを撮っていた御堂、フリーダンスを撮っていた南方がケータリングコーナーにやって来た。


「太一、勉強できた?」

「ゆうくん、この有様見てそれ言う?」

「思いっ切り邪魔されてたってことしか分かんなかった、ごめん」

「えいちゃんたちマック行くのか? わざわざ?」

「いっちゃんも行く? 値段が高いらしい」

「それはそうだけど行きたくなくなる情報過ぎて草。海外だと日本にないメニューもあったりするから、メニュー次第かなあ」

「みんなで食べたらおいしいと思いますよ?」

「マック行こうか、サーシャがそう言うなら」

「末っ子コンビにさすがに甘すぎだろ、いっちゃん……」


 全員でしっかり休憩し、今度はグループでの撮影だ。場所を移動し、眼下に海が広がる見晴らしの良い渓谷へ辿り着く。空の広さと、海の果てのなさのスケールが段違いだ。思わずスタッフも含めてその光景に息を呑んだ。


 随分遠くまで来たものだ。物理的にだけでなく、精神的にも、比喩的にも。

 でもこんなものじゃない。まだやりたいことはある、しなければいけないこともある。

 可能な限り、限界を迎えるまで、行けるところまで行ってみたい。見たいものを見たい。

 願わくば、隣にいる八人の仲間と共にこれからもずっと。


「じゃあ全員撮影なので、挨拶からしましょか。せーのっ、」


『こんにちは、read i Fineリーディファインです! 宜しくお願いします!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

watch i Fine ~7月の彼の日常~ @kuwasikuki_temo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ