7/28 不意の出来事でときめかれたとしても、当方は一切の責任を負いかねます。【Day28.方眼】

「侑太郎、ノート持ってたりしない? 新品の」

「あるけど……なんで俺なの?」

「メンバーでお前がいちばん持ってる可能性高いと思ったから」


 お金払うからちょうだい、と両手を差し出す佐々木日出ささきひのでに、金はいらないと言い残して南方侑太郎みなかたゆうたろうは自室へ戻る。一分も満たない空白時間、戻ってきた南方は手に小ぶりなノートを持っていた。


「思っていたサイズじゃない」

「B5が良かった? B5だとルーズリーフしかないんだよ」

「や、別に何でも良いんだけど」

「あっそう、じゃあそれで」

「ああ、方眼だ」

「方眼嫌?」

「嫌じゃない、方眼のが好き」

「それなら良かった」


 ふう、と息を吐く南方に日出は眉をひそめる。というか、さっきから反応を窺いすぎでは? そんなに不機嫌そうに見えただろうか、と日出はさっきまでの自分を振り返った。

 前々から、それこそデビュー前から南方は日出に対して異様に気を遣う。年上ということを意識しているのだろうか、と当初は思っていたが月島や水面にはフランクな態度で接しているため年が上とか下とかが問題ではないとすぐ看破できた。

 問題はそこから話が進まないことだ。デビュー二年目、同じグループのメンバーとなって三年以上。いい加減、もうちょっと距離を縮めるべきなのでは? 日出は「あのさ」と口を開いた。


「なに?」

「俺のこと、どう思ってる?」

「……? ……、同じグループのメンバーで最年長のボーカルライン……?」

「そうじゃなくて」

「あ、はい、すみません……」


 もっと委縮させてどうする。いや今まで別に委縮していなかったから、この変化はむしろ退化だ。日出は唇をとんがらせて険しい顔をした。その様子に南方は首を傾げる。


「な、なんかした? 俺……」

「侑太郎って俺のこと嫌い?」

「えっなんで、あ⁉ 『どう思ってる?』ってそういうことか!」

「ちなみに俺は嫌われたくない」

「嫌いじゃないよ……」


 よしよし、と控え目に南方は日出の頭を撫でつつそう答える。答えには満足だが、今までの態度の不満が依然残っていた。嫌いじゃないなら、というか「好き」とは言わないなこいつ。


「他人に対して好きとおいそれと言うものじゃない。言葉が軽くなる」

「俺に対しては今まで一回も言ってないから、現状最大限の重みだと思うが?」

「やっぱり妙に頭が回るなこの人……」

「というか御堂には言ってるのを聞いたことがあるのに、どうして俺には言わないんだよ。あいつに操立てでもしてるの?」

「アイドルが操立てするのはファンひいては、俺は“&YOU”だけだ」

「俺もそうだけど」


 同じグループのメンバーであるため、ファンダム名は同じである。それは兎も角。

 日出は日出でちっとも核心を言わない南方に苛立っていたし、南方は南方でちっとも納得してくれない日出に慄いていた。南方にとって日出は「年長ラインではいちばん面白くて、ちゃんと話を聴いてくれる人」枠だったのにその概念が崩れ落ちかけていた。めんどくさい彼女みたいにめんどくさい、彼女いたことないけど。


「恋愛経験ゼロ?」

「勉強が忙しかったし、初対面時にいっちゃんに一目惚れして実は男だったっていうトラウマがずっと残っていて……」

「なんだその面白いエピソード。今度飲みながら話そうよ」

「我ながらろくでもない話しかしなさそう……」


 滉太も水面も斎も誘おう、と声を弾ませる日出だが張本人に一目惚れしてトラウマになった話を聞かれるのは嫌だ、と南方は顔を曇らせる。まあもう知っているのだけど。ちなみにその時の御堂斎みどういつきの様子は、「自分は悪くない」という姿勢を貫きつつも大爆笑、といった感じだ。隠し事ができない間柄なのである。


「ふうん、斎のこと信頼してるんだ」

「信頼されてるんで……っていうか、メンバーはみんな信頼してるよ。日出くんも例外じゃない、ちゃんと信頼してる」

「じゃあなんでそんなよそよそしいんだ?」


 ついに核心をえぐる日出に、南方は少し驚いたように顎を引く。そしてそのまま視線を落とした。口はずっともごもごと動いている。「よそよそしい」、と呟いているように日出には見えた。


「多分、気を張ってるから」

「なんで?」

「日出くんって結構頼ってくれるじゃん、俺のこと。歌のこともそうだし、日常的なことでも何でも」

「頼りになる男だから。歩くグーグル先生だと思ってる」

「何でもは知らないよ、知ってることだけ」

「……うん?」

「ごめん、忘れて」


 あとあと聞いた話、御堂とふたりで見ていたアニメの登場人物の台詞だったらしい。日出は知らなくて当然である。

 佐々木日出は基本、自分で解決できることは全部自分でやってしまう。兄という立場がさせる行為なのかも知れない。彼に悩みや問題があったと他人が知る時は、必ず彼がそれを解決させたあとなのだ。勿論、この考えはグループの一員となって徐々に変容していったが。

 恐らくその変容の理由でいちばん大きいのが、南方の存在なのだ。自分より問題解決能力が高く、頭も回るし機転も利く人物が身近にいる。そのことが日出に『他人を頼ること』を覚えさせていった。

 そしてそれは逆に、孤立しがちだった南方に『他人を助けること』を教えたのだ。


「だから持ちつ持たれつ、おもちな関係ということで」

「おもちな関係ならもっとゆるくて良いじゃん」

「俺は日出くんにカッコいいとこしか見せたくないんだよ」

「……不覚にもときめいた。責任取れ」

「不意の出来事でときめかれたとしても、当方は一切の責任を負いかねます」

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