7/27 最適な寄り道【Day27.渡し守】
「いっちゃん、ほんま悪いわ~。ありがとな」
「全然良いけど、間に合う?」
「余裕。短期帰省し過ぎでもう慣れたわ」
「毎度思うけど、お前絶対早死にする」
「オレは百五十歳まで生きてアイドルします」
ここでひとつ問題がある。月島の現場はすべて都内、実家はご存知京都だ。往復で四時間ほどだから行って帰って来られない訳ではないが、確実にゆっくりはできない。それでも彼には今日行かなければいけない予定があった。
「お盆は絶対帰れへんやろ。今の内にばあちゃんに報告せんと」
「お墓参りか。うちも行かないとなあ」
「家族全員揃う日なかなかないでな、いっちゃんとこもそうやろ」
「うちの母親、宮城の大学にいるしね。兄弟もバラバラだから」
そう言いながら
「以外と空いてる。なんで? 夏休みだから?」
「なんでやねん。学生、車乗らんやろ」
「それもそうだわ。東京駅って停められる場所あるの?」
「……分からん!」
「ふたり揃って土地勘皆無だからなあ~。マネージャーに訊いてこれば良かった……」
東京駅までの道のりをナビで指示されつつ、会社の車を走らせる御堂。彼もまた出身は東京ではなく愛知なため、細かい交通事情はまったく分かっていないのだ。まあ何とかなるだろ、と言いながら走らせること十数分、ちょっと停まったって、と月島がストップをかけた。もう数分あれば着くのにどうしたんだろう、とハザードを出して路肩に車を停める。
「なに?」
「いっちゃん待っとってな。オレ、ちょっと行ってくるわ」
「どこに?」
言うや否や月島はどこかへ消えてしまった。なんだあいつ、と御堂は驚きつつも運転席で待つ。別に寄り道は良いのだが新幹線の時間は大丈夫なのだろうか。というかどこに行った? お土産でも買いに行った? そんなの東京駅構内で事足りるだろうに。
少ない交通量の通りをぼんやり眺めていると「ごめんごめん」と月島が気軽に帰ってきた。
一体どこで何をやっていたのか、と御堂が問い詰めようとした瞬間、眼前に何かを差し出される。ちょっと待って、近すぎる、眼鏡にぶつかってるし水滴ついたんだけど。
「すたばあ」
「すたばあ? スタバ? なんで?」
「ん、お礼。乗車賃代わりに受け取って」
「そんな、良いのに……あ、新作だ。桃だ、桃」
「いっちゃん甘いの好きやろ」
好きだが、と御堂は険しい顔をした。好きだが砂糖の量は制限しているのだ、上白糖はなるべく摂取しないように、果糖も摂り過ぎ厳禁なので外でも食べないようにしている。
しかし目の前に現れたのは果糖も上白糖も使われた飲み物だ。好きは好きだし、飲みたかったけど、と難しい顔をしていると月島が口開けろと言ってきた。
「あ、ぁが」
「はい、吸って」
「……、……甘いっす」
「いっちゃん、甘いもんは適宜とらんと。顔怖いねん」
「マジ?」
「マジ。可愛い顔が台無しやねん、マジで」
あらーと御堂は躊躇なく二口目を啜った。久し振りに味わう、甘味だ。しかも甘酸っぱい複雑な味。いつもきび糖などの素朴な甘さしか味わっていないので、脳が味の情報を整理しようと奮闘していて軽く眩暈がした。
「あ~……キマる……」
「スタバ飲んどる奴の語彙やない……」
「つっきーは何飲んでるの?」
「ソイラテ」
「豆乳はいいよ、肌綺麗になる」
美白キャラになんねん、と胸を張る月島だがとうに美白キャラと各所で言われていることを本人は知らない。ちなみに御堂は知っているがこの状態が面白いため黙っている。美容番長と言えば『
「もう着くよ。多分あそこら辺に停められる、や、一瞬停めるからその間に行って」
「ありがとう~、お土産なにがええ?」
「なんか、変な味の生八つ橋と普通の八つ橋。硬いやつね」
「ソーダ味買ってくるわ、生八つ橋」
「いいねえ~。はい、停めた、行ってら」
「おん」
勢いよく出ていく最中、月島は御堂に軽く手を振った。御堂も軽く手を挙げて、そのまま車を走らせる。セーフ、警察の姿は見えないし交通に変な影響も与えていない。月島は結局何時の新幹線に乗るのだろうか、恐らく間に合っているはずだが。
桃の瑞々しさとクリームの濃い甘さを堪能しながら、墓参り、と言葉を反芻した。母は夏休みで通常授業はないはず、学会については分からんけど。兄そのいちも夏休みだから授業はないはず、部活の顧問はやってたっけ、まあお盆は休みだろう。兄そのにはどうだったかな、あの人がいちばん読めない、今日連絡してみよう。
そう算段をつけて、実は本日の目的だったあるデパートの地下駐車場へ向かう。祖母の誕生日がじきなのだ。月島の送迎はあくまでついでである。まさか祖母の墓参りだとは思わなかったが。
変に感傷的になりたくないんだけどなあ、と考えつつミセス以上の衣料品店をうろつく。残念ながら店員に話しかける度胸はなかった。
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