7/25 御礼連鎖【Day25.報酬】

「……亜樹くん、本当に良いの?」

「良いよ。だって手伝ってくれた御礼だし、たんと食いなさい」

「じゃあお言葉に甘えて……や、待って! ピッチが急だ!」


 森富太一もりとみたいちは制止の声を上げるが、土屋亜樹つちやあきは問答無用で焼いた肉を彼の取り皿に乗せまくる。気付けば焼けた肉はすべて森富の皿の上、軽い山となっていた。


「いやでも本当助かったんだって」

「そんな、大したことはしてないよ」

「した! 今日の編曲作業にお前の存在は不可欠だった!」

「普通に恥ずかしい……」


 ゆうにもつっきーにもお前をもてなせって言われてんの! と土屋は力強く発言しつつ呼び鈴を押す。現れた店員に追加の注文をし、更に肉を焼き続ける。

 森富は今日、楽曲製作隊の三人に呼ばれてちょっとした手伝いをしたのだ。『ちょっとした』と森富は言うが、内容としてはガイドボーカルへの協力(下ハモのガイド)、編曲の素材提供(サマーエスケープという事務所主催の夏フェスに参加する際使う音源に必要な声)とわりと重要性が高い。

 最年少ながらメンバー屈指の低音を持つ彼がいることは『read i Fineリーディファイン』にとって大きなアドバンテージだ。尤もメンバー全員にはそれぞれ違った良さがあるため、このメンバーでグループ活動ができること自体がアドバンテージなのだけど。

 次々と更に積まれる肉を頬張りつつ、森富はふと練習生時代のことを思い出す。


「昔さ、リーダーと一緒に焼肉行ったんだ」

「へ? つっきーと? なんで?」

「初めての『夏嵐』の時」


 『夏嵐なつあらし』というのはヤギリプロモーション所属三人組男性アイドルグループ『2dot.ツードット』メンバーである、嵐山旬哉あらしやましゅんやが主演・総合プロデューサー・演出を務める舞台のことである。毎年八月の中旬頃に行わるそれは、デビュー組もゲストで呼ばれ多くの練習生が参加するヤギリでは最も大きいと言っても過言ではない舞台だ。

 『read i Fine』のメンバーは招集初年度、その舞台に立った。そしてその場で『read i Fine』というグループ名を発表したのだ。その年以降グループで参加することはなくなったが、それでも彼らにとって思い出深い舞台なのである。


「しんどくてしんどくて、弱音吐けないくらい弱ってて、でもリーダーに『飯行こう』って言われて焼肉屋でやっと泣けた記憶がある」

「……ああ、目腫らして帰ってきた日あったね。あれか」

「みんなでリーダーに詰め寄るっていう。……幼かったなあ、俺」

「今も幼いよ」

「お?」

「あ、ごめん。でも悪い意味じゃないんだ」


 年齢のわりに子供っぽいと自分でも思うことはあるがそれにしたって失礼では、と森富が身を乗り出した瞬間土屋がフォローの言葉を紡ぎ出す。


「擦れてないじゃんお前。『こういうこともあるよね』で済まされる嫌なことも、やだなあって顔して見てるじゃん。ああいう感性、大事だと俺は思うよ」

「……俺は、そういうとこやだなあって思ってる。子供っぽいって」

「駄目だよ、そんなこと言っちゃ。理想に夢見れなくなったら何も作れなくなる」


 曲作りだけがクリエイトではない、と土屋は言い切る。

 ダンスひとつにとっても、表情管理や雰囲気・フィールなど考えなければいけないことは山のようにある。そしてそれらは自分の中にあるものから構築し、生み出されていくものだ。

 創造の根幹にあるのは理想だと土屋は考えていた。


「自分に蓋をして大人びた考えを持つよりも自分の好き嫌いをちゃんと出して、理想に向かっていった方が良いものはできると思う。俺はお前のダンス好きだよ、正直いっちゃんのよりもサーシャのよりも」

「それは、光栄です」

「純粋な感じがする。でも馬鹿っぽくない、お前にしか出せないよ」


 網の上の肉が消え去り、土屋が「ビビンバ食べる?」とメニュー片手に訊いてきた。恐らく自分が食べたいのだけど、一人前は多いからはんぶんこしたい、という意思表示だろう。森富は頷いて「食べたい」と応えた。兄を喜ばせるのも弟の役割、いや奢ってもらっている以上これくらいの忖度はすべきだ。


「持つべきものは食べ盛りの弟だね。肉食べる?」

「ハツとギアラ食べたい」

「……太一って案外味覚は大人だよな」


 辛いものも苦いものも、味付けが複雑なものも好きであれば何でも食べるのが森富太一という男だ。量を食べるわりに体重が増えていかないのは本人的にコンプレックスだが、美味しいものをいっぱい食べられる体質は得だと思っている。


「メンバーでいちばんコーヒー好きだし、なに、ストレス?」

「兄から抑圧を受けたり、兄にこき使われたりしてるんで」

「誰がこの場の支払いをすると思ってるんだ?」

「こういうとこだよ?」


 こういうとこ? と不満げに舌を出した土屋。その間にビビンバとハツやギアラなど内臓系の部位が運ばれてくる。先程からずっと土屋が焼いてくれているため、森富は代わりにビビンバを混ぜ出した。この間のベイキングを思い出す。


「あ、そうだ」

「なに?」

「お前さ、この間お菓子作ってたじゃん」

「うん。永ちゃんに食べてもらいたくて」

「俺、食べれてないんだよ」

「え⁉」


 先日御堂斎みどういつきの指導の下、森富はベイキングをしていた。元々は桐生永介きりゅうえいすけに食べさせるためだったが不公平だと思ったので量を増やし──相当数作ったはずなのだけど。


「仕事で遅い日が続いて、いつか食べようと思ってたら気付いたらなくなってた」

「そりゃなくなるわ……みんなのひもじさ考えないと。……じゃあさ御礼に作ろうか」

「なんの御礼? この場が御礼の場なのに?」


 トングを鳴らして森富を威嚇する土屋。森富は少し考える素振りを見せて、口を開いた。


「話を聞いてくれた、御礼?」

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