7/24 割り込む言葉【Day24.ビニールプール】

 宿舎に戻ると、キッチンの水道の何故かホースが繋がれていた。明らかに不審なその光景、南方侑太郎みなかたゆうたろうがホースの先を目で追えば外へ続いていることが分かる。この宿舎、小さいが庭があるのだ。尤も防犯上の理由で使われることはほぼないが。

 ほぼ使われないはずのそこを使うのは誰だ、と南方が窓を開けて顔を突き出したところ、一メートル四方もないくらいのビニールプールが鎮座している。そしてその中でメンバーの誰かが気だるそうに座っていた。赤毛に金メッシュ、ということは佐々木水面ささきみなもだ。


「な、にしてんのお⁉」

「お。ゆうくんおかえり~」

「おかえり~じゃなくて! え、何それ、どうしたのそのプール」

「番組で貰った」

「番組……そう、そうなんだ……」


 先日参加したバラエティ番組だろうか。確か商品に関するクイズが出されて正解すると実物が貰えるという形式だったような──と、今はそんなことどうでも良い。こんなところ誰かに見られたらどうするんだ。南方はズボンの裾をまくることもせずプールに入り、水面の腕を掴んだ。


「お、おお? なに? どした?」

「出て、出るよ」

「なんで?」

「誰かに見られたらどうするんだよ」

「この姿を週刊誌に撮られてもぼく的には問題ないんだけど……?」

「宿舎の場所バレたらどうすんの」

「暗黙の了解でファンも大体の位置知ってんじゃん」


 水面の発言に南方はぐう、と言葉を詰まらせる。

 ヤギリプロモーションの宿舎というとマンションタイプと一軒家タイプとあるのだが、そのどちらも場所は『非公開』と言われつつも大体の場所をおおよその人間が知っている。 

 これはどの事務所の宿舎もそうだし、決してヤギリのセキュリティ面がしっかりしていないという訳ではない。どうしてもドキュメンタリーやリアリティーショーを撮影すると、場所が特定できてしまうのだ。

 勿論、警察と協力して周辺の警備体制は強くしている。ただ現状この場所で静かに暮らすことができているのは、善意によるところがかなり大きい。善意は有り難いが、善意に甘えるべきではない。


「……それもそうだね~。出よか」

「ちなみに水着だよな、それ」

「水着だよ! 今年一回も着てなかった水着! 日焼け止めも塗ってるから!」


 ハーフパンツにも見える地味な色合いの水着に、スポーツウェアのようなラッシュガード。あくまで素肌を見せないように配慮し尽された格好だ。

 水面は南方の腕に支えられて立ち上がる。よたよたと縁側を伝い部屋の中に入ろうとすると、南方から制止のジェスチャーを貰った。タオル持ってくる、と一言残して彼は駆け足で浴室の方へ向かった。ああそうだった、タオルを用意するのを忘れてた。


「はいバスタオル、家上がる前に水気はぬぐっといて」

「お前も足べたべたじゃん」

「俺はあとで拭くから。水捨てとく、ホースは任せた……てかどこで手に入れたの? これ」

「なんか大学で使ってたの押し付けられたの」

「なんで?」

「さあ……?」


 水面なら使ってくれそう、というよく分からない理由で備品を頻繁に貰っていた。実際使うことも多かったが、ホースばっかりはどうしたら良いか分からずずっと部屋で眠っていたのだ。こうして日の目を見たが、数時間で元の収納ボックスへお払い箱になってしまうとは哀れな。

 結局後片付けはふたりで行った。水を捨て、空気を抜いたビニールプールは二階に持って行きベランダで乾かすことに。明日も晴れるって、良かったね、と会話をしながらふたり揃ってベランダの下を覗き込む。なんで上じゃないんだよ、と互いに笑い合った。


「水面くん、ごめん」

「何が?」

「折角涼んでたのに無理矢理上がらせて」

「ええ~、別に良いよ。侑太郎の言い分が正しいし」

「俺の言い分は正しいんだけど」


 そこは否定しないのかよ、と水面は顔を歪ませる。否定はしないまま、南方は話を続けた。


「言い方がきつかったなと反省しています」

「ああ、そこね。お前の言い方がきついのは前からじゃん、何を今更」

「改善しようとはしてるんだけどさ」

「まあいつも攻撃的なのは無意味だよね。たまになら必要だけど」


 特に南方は曲作りに携わっているメンバーだ。ディレクションもしなければいけない手前、他のメンバーに対して厳しいことや否定をしなければいけない時もある。そんな時は厳しい物言いで良いのだ、その方が真剣みは伝わる。

どれほど自分がこの部分に感情を重ねてきたのか、考えを巡らせ完成させたのか。結局作っている側とやっている側には大きな溝があるのだ。


「コミュニケーション能力は大事だよ~でも、ブレんなよ」

「それはない、大丈夫」

「お前がブレても亜樹が軌道修正するだろうけどね」

「それはそう、亜樹まで駄目だったらつっきーが動くし、つっきーまで駄目だったら流石にプロデューサーが介入する」

「一回あったもんねえ~」


 ぐ、と南方は胸を抑えた。かつてあったのだ。考えが三人揃って堂々巡りになってしまい、痺れを切らしたプロデューサーが割って入って事なきを得たことが。あの経験がなければもっと凝り固まった人間になっていたことだろう。軽いトラウマだ。


「全部を利用することもセルフプロデュースには必要なんじゃないの? 知らんけど」

「知らないんだ……。ねえ水面くん」

「うん?」

「今度はちゃんとしたプールに行こう」

「デートのお誘い?」


 水面がそう言えば南方は眉根を寄せて「前言撤回していい?」と呟いた。

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