7/20 素材の味【Day20.甘くない】

 自分で食べるものは自分で作りたい派という、あまり類を見ない派閥に属する御堂斎みどういつきは時折ベイキングを行う。作るのはクッキーか、フィナンシェかパウンドケーキが多い。糖質・脂質を抑えたアスリート仕様のそれは、メンバーにも好評の一品だ。


「だから使うのはグルテンフリーの小麦粉か米粉だね」

「グルテンってそんな駄目なの?」

「腸を大事にするならやめた方が良いし、太りやすくなるしむくみやすくもなる」

「……たまに食べるのは良い?」

「とみーくらいの年齢で徹底的に食事制限しろって方が駄目だろ……」


 森富太一もりとみたいち、現在十八歳の大学一年生である。未だ成長期の最中にいるため、下手に制限をした食事を摂ると骨粗鬆症など後々の健康障害に繋がる恐れもある。できれば脂質・糖質よりたんぱく質を摂取した方が良いが、そもそも食事制限がストレスの原因になることが最悪なのだ。

 ストレスはすべての害悪の根源だ。ストレスに耐え忍んで十キロ減量しても、そのストレス由来で二十キロリバウンドする恐れがある。体づくりに必要なのは、精神衛生を良いものとすることなのではないだろうか。


「だからそもそもお前が、僕と一緒にベイキングしたいってのが謎。なんで?」

「食事制限に興味があるっていうのもそうなんだけど……」

「うん」

「えいちゃんに食べてもらいたくて」

「おう?」


 えいちゃんもとい桐生永介きりゅうえいすけ、同じグループのメンバーでありメインボーカルの男だ。

 確かに彼も食事制限を行っている──といっても、ライブ前など体づくりが必要となる期間集中的に、といった感じだが。そして今は絶賛その期間である。

 ヤギリプロモーションプレゼンツ『サマーエスケープ』、八月初旬に行われるヤギリのファミリーコンサートだ。野外ライブ会場で、所属アイドルのほぼすべてと練習生が参加する『夏のお祭り』である。そこには勿論『read i Fine』も参加予定だった。


「えいちゃん、甘いもの苦手な訳じゃないけど基本食べないでしょ」

「食べないねえ。あんまり甘すぎるもの食べないし……でも果物は食べるか、果糖はいけるのか」

「ね、フルーツは食べるよね。でもみんながいっちゃんのクッキーとか食べてるなかで、ひとり輪から外れてるのを見るとなんていうか……」

「……まあ、本人良ければそれでって思ってたけど、とみーはそこが気になっちゃったか」

「うん……」


 控室などで御堂はおやつとしてベイキングしたそれらを持っていくことがあるが、桐生だけはいつも遠慮しておやつを食べる輪から外れているのだ。その光景はどうやら森富にとって心苦しいものであるらしい。

 御堂としては全員に食べて欲しい意図で持っていっているものでもなし、桐生は市販のものでもテレビ局や出版社からの差し入れでも食べないのだ。もしかすると本番前は最低限食べないルーティンでもあるのかも知れない。そうは考えるが、御堂はそこをわざわざ突くような真似はしなかった。


「じゃあ甘さ控えで作るか。味はナッツ系とかチーズ系とか、どっちかっていうと補助食寄りみたいな感じで。んで、それとは別に僕らの食べるドライフルーツ入りのも作ろうか」

「う、うん」

「食べてもらえると良いねえ」

「……いや、食べるけど」


 早速調理に取り掛かろうとしたところで、桐生の声が背後から聞こえる。

 慌てて振り向く森富と、声のした方をただ見るだけの御堂。ふたりの対照的な反応に桐生は噴き出した。森富は兎も角、御堂のその表情はどういう感情なんだ、チベットスナギツネみが溢れている。


「なんかこそこそしてると思ったら……」

「してないよ、正々堂々としてるよ」

「いっちゃんには言ってないんだけど、太一に言ってる」

「僕にもなんか言え」

「ええ……いつもありがとう?」

「どういたしましてっ」


 語尾にハートが付きそうな甘ったるい声音にプラスして指ハートを作る御堂。それを見て更に笑う桐生と、その様子を見つつ少し不安そうな表情を浮かべる森富だ。そんな森富の様子に桐生は慌てて声を掛けた。


「そうだ太一。いつも心配させてた? それならごめん」

「ううん……あの、お節介だった?」

「お節介じゃないよ。ただ本番前はあんま食べないようにしてるっていうか、ご飯だけでお腹いっぱいになるようにしてるだけだから。……もしや俺、空気読めてなかった?」

「グループの団欒にひとりだけ不参加は気遣うよね」

「だよなあ。ごめえん……」

「そんなことない、それはない! こっちこそ、ごめん……」


 自分の憶測で相手を困らせてしまう、それどころか謝らせてしまったことに森富は小さくなりつつ謝罪をした。視線を下げてしまった森富を見て、桐生はにやにや笑いが抑えきれず口を抑えた。しょぼくれた犬のような末っ子を見て、思わず頬が綻ばないメンバーはいないに決まっている。実際御堂もにやにやしていた。


「でも今日作ったのは食べるんだろ」

「食べるよ。折角太一が作ってくれたんだろ、晩飯入らなくなっても食べるよ」

「だってさ、とみー。作ろ、えいちゃん食うって。腹破裂させてやろ」

「それは困る」

「うん……あの、えいちゃん」

「なあに。楽しみにしてるからな」

「う、うん」


 恐らく森富は、謝罪を再度吐き出しそうになっていたのだろう。それをそれとなく諫めて桐生はリビングのソファに座った。テレビをつけ、サブスクリプションで何かしら配信を見るようだった。元々そのつもりで降りてきたのか、それとも。


「……いっちゃん。俺、もっと大人になりたい」

「お前は今のままで良いよ」

「ええ~でもさあ~……」

「今のお前がみんな大好きだよ。気遣いとか察する能力は、欲しいと思えば磨かれるから」


 量って、と御堂は森富に小麦粉の袋を押し付けた。そんな無理してすぐに大人になる必要はない。そのせいで良さを損なわれたら困る。背中をあやすように叩きながら、御堂は森富と一緒にはかりの数値を見守った。

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