7/19 ツンの内情【Day19.爆発】

「うわっ」

「おお~すっごい」


 今年の、ヤギリプロモーションの練習生ショーケースは東京ドームで行われている。平日二日間というスケジュールながら観客はほぼ満員、というのはやはりそれだけヤギリの練習生の固定ファンが多いということなのだろう。

 自分にもそういうファンがいたし、今も応援してくれているのはすごく有り難いことなのだ──と思いながら、南方侑太郎みなかたゆうたろうは特効の花火、もといスパークルに驚いていた。隣で見ていた土屋亜樹つちやあきがそんな南方の様子を見て笑う。


「めっちゃ驚くじゃん。どうしたんだよ」

「いや、久し振りにドームライブの見学したから」

「あー、こんな火薬量だっけ、って?」


 特効とは特殊効果、紙吹雪やスモーク、火柱といった視覚効果のことを指す。どんなライブでもある程度そのような舞台効果を用いるのだが、特に火薬は会場によって使える量が異なるためアリーナライブとドームライブでは規模感が大きく違うのだ。

 『read i Fineリーディファイン』は新進気鋭、デビュー年からいくつものアワードを総舐め状態とはいえ単独のドームライブを行ったことはまだない。加えて最後に見学に行ったドームライブは五か月前の『D.momentディーモーメント』のドームツアーであったため、この火薬量を見学席から見えるのは久し振りだった。


「確かに規模のでかさにビビるよな」

「俺らがショーケース出てた頃は必死過ぎて全然特効のこと気にしてなかったし」

「銀テと風船は流石にないけど、スモークとかスパークルは普通に出てたんだよなあ……この間ビデオ見て再認識して勝手に驚いてた」

「それな」


 練習生ショーケースは年に一回あるお祭りであり、次期デビュー組を決める大きな考課のひとつである。いや、こればっかりは『考課』ではなく『査定』と言っても過言ではない。そのため練習生は全員必死であり、自分のパフォーマンス以外に気を留めている余裕はあまりないのだ。

勿論、特効があることは説明されて理解されているし、実際にどのタイミングで起こるのかも把握できている。ただ実感はまったくない。


「っていうか、火薬の規模感にビビったのはその通りなんだけど」

「うん? なに」


 南方が声を潜めて土屋の方へ体を傾けた。本当はパフォーマンス途中に私語など言語道断であるが、今日ふたりが呼ばれたのは提供した曲のサウンドチェックのためだった。提供曲以外の時に気を抜くのは多少許して欲しい部分がある。


「斎がさ、アレじゃん」

「ああ、聴覚過敏?」

「この大きさの火柱とかスパークルとか、大丈夫かなって」


 メンバーの御堂斎みどういつきは、公表はしていないが聴覚過敏の症状がある。既にファンや一部メディアは気付いているようだが(人ごみで必ずヘッドフォンもしくはイヤーマフを付けているし、音に過敏に反応している部分が生放送などで映ってしまっていることがあるため)、本人は何も言わず平気な振りを続けていた。

 だが大変な時は本当に大変なようで、その度に世話を焼いているのが南方なのである。幼なじみのなせる技というか、彼は御堂の不調をすぐに見抜けるのだ。


「流石にいっちゃんでも、事前に教えられてたら対処はできるだろ」

「まあね、プロだし」

「でも心配?」

「心配は心配。症状がメンタルの状態からダイレクトにくるからさ、ライブ前とかにでかい病み事案とかあったら打ち合わせあっても対処できるかなって」


 精神的に強そうに見える御堂。実際強い方であることは南方も保証するが、時にどうしようもないほど駄目になってしまう。別にそれが悪いとは思わない、人間だからしょうがない、ただ見ている側は何もできないため過剰に心配になってしまうのだ。特に普段は先陣切って歩いてくれるダンス隊のリーダーをやっているから、そのギャップに不安になることもざらだった。


「心配し過ぎも良くないけどさ」

「いっちゃんわりと心配されると『心配されないように!』って無理するとこあるもんな。心配されてんなら素直に甘えれば良いのに」

「甘え慣れてないんだよ、ずっと『強い人』で来ちゃったから」


 スカウトされた当初からバックダンサーとして不動の地位を築き、食べるものも立ち振る舞いも制限してきたプロ精神の塊で、努力を怠らないストイックなダンス好きの男は、その事実故に周りから距離を取られてきた過去があった。南方ですら距離をとった時期がある、あまりにも強すぎたから。極光のような男、ただその分影は色濃く落としている。


「だから俺がうぜえくらい心配するの。幼なじみだからね、あいつに『うざい』って言われても何も響かないし」

「それは……良いことなのか?」

「良いことじゃないの? ツンデレのツンの内情が分かってる人間はいた方が良いだろ」

「ツンデレはお前じゃね」

「ああ? なんだお前、年上に向かって」

「いっこ違いじゃん。こんな時ばっか年上顔するな」


 最初は人間関係で迷惑かけてたくせに、と土屋に言われて南方は下唇を噛んだ。それはそうなのだ。練習生として『read i Fine』に招集されて以来、いちばんの問題児だと言われてきたのは南方だった。

 プライドが高く、好き嫌いも多く、色々な部分で敏感だった彼はあらゆる問題の渦中にいた。そしてその度にフォローを入れてきたのは御堂なのだ。つまり、


「どうせ罪滅ぼしとか恩返しとかだろ、鶴か」

「……亜樹なんて嫌いだ」

「はいはい、ツンの内情が分かってるから何も響きませんよ」


 そして恐らく御堂も、南方の行動の根っこを理解している。だからこそ思う存分甘えるんだろうなと。まったく、と土屋は溜息をついた。めんどくせえなこいつら。

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