7/18 視えなくていいもの【Day18.占い】

 きっかけは五日ほど前、先輩ことヤギリプロモーション所属『2dot.ツードット』メンバー・手塚慎てづかまことがMCを務めるラジオ番組に出演した日でのことだった。


「夏ということで怪談強化月間! 毎週ゲストの方に、己の身に降りかかったぞっとする出来事をお話ししてもらってます。あ、怖いの無理って人はここから十分くらいは耳塞いでてね。という訳でえいちゃんと、つっきー、何かありますか?」


 軽妙に手慣れた振り方をする手塚に、ふたりは用意してきたエピソードトークを披露する。ちなみにだが『己の身に降りかかったぞっとする出来事』というところをクリアしていれば大丈夫で、別に霊的な事象でなくても構わないのだ。

 だが生憎、桐生永介きりゅうえいすけ月島滉太つきしまこうた、そのどちらもが『read i Fine』の中で群を抜いた霊感所持者である。ふたりが話した内容は『怪談』というには適切かつ興味深く、恐らく世のホラーマニア垂涎の出来だったことだろう。実際このあと、怪談系の仕事が地味に増えていた。

 またこの話を聞いたMCの手塚は若干涙目になっていたという。

 そしてそれから五日後。


「ねえつっきー、霊感あるイコール未来見える訳じゃないよな?」

「なに当たり前のこと訊いとんねん。どした?」

「いや、なんか……うーん」


 本日はメンバー全員が出演するCMの打ち合わせだ。デビューした当初より契約を結んでもらっている飲料メーカーの商品で、冬に向けて新作を出すとのことでCM撮影があるそうだ。またそこでは新曲もタイアップされることになっており、曲自体の打ち合わせも同時並行で行われている。先日レコーディングが始まったばかりだった。

 打ち合わせ開始三十分前、大学が終わってすぐに来た桐生と今日の午前はボイトレに行っていた月島が一番乗りだ。そこで桐生がそう話し始めたのだ。


「なんかこの前、怖い話したじゃん? ヅカ先輩のとこで」

「したな、そっから変なん?」

「なんか変。よく視える感じがする」

「ほお~」


 適当な相槌を打つ月島に、真面目に聞いてよ、とぶつぶつ言う桐生であったが、月島は平静を保つので必死なだけなのだ。『よく視える』というのは恐らくこの世の何かではないもの、のはずだ。しかも薄っすらと未来予知的なことまでできると言っている。

 まずくないか、と月島は内心青褪めていた。


「あの、あのあとにどっか行ったりした?」

「どっかってどういう」

「あんまり近寄っちゃいかんとこ」

「どうだろ……ジョギングコースに神社あるから毎日通ってるけど。ずっとだし」

「……そうすか」


 まずいことではなさそうだ、なんというか微妙なところにある問題だ。

 そもそも霊感があるとはどういうことなのか、このメカニズムが解明されていない以上どう対抗策を打つべきか分からない。月島は霊障などそこそこ経験してきているので、清めてもらったパワーストーンのブレスレットであったり、清めスプレー(ジョークグッズだと思っているが)を持ち歩いていたりする。

 そんな月島と異なり桐生は、視える、感じる程度の人間だ。酷い目に遭ったことはないそうで、むしろ彼のエピソードは心温まるものが多い。お盆の時期に死んだ曾祖父を見かけたり、近所の猫好きのおうちに見慣れた猫が入っていったかと思ったらその猫はとうに亡くなっていて、など。

 絶対信心深さの違いが根っこにあるやろ、と月島は思っていた。


「あれやったら中禅寺さんに話してみたら? 中禅寺さん自身は何とかできんくても、その筋のええとこ紹介してくれはるやろ」

「ちゅ、中禅寺さん⁉ 中禅寺さんはちょっと、恐れ多いというか……」

「まあ大先輩やしな……」


 中禅寺というのは同事務所所属男性アイドルグループ『D.Moment』の中禅寺奏太のことである。ヤギリプロモーションの顔といっても過言ではない、大先輩だ。名前は寺だが実家は神社、従兄の奥様の御実家が古書店ということでどことなく某小説の登場人物を思い起こさせる人物である。元祖スピリチュアルアイドルと呼ばれていたこともあった。


「てかあの人も未来視えるとか聞いたことあんねんけど」

「マジ?」

「なんか変なとこが視えるらしい。その日出るバラエティのMCの服装とか、ケータリングが何なのかとか、誰が何分遅刻してくるかとか、役立つか微妙なとこ」

「確かに役立つか微妙なとこだなそれ……」


 身近に(というほど近くもないが)相談できる相手が見つかったためか、桐生は少々ほっとしていたようだ。いきなり変なものが視えるようになったら実際不愉快だろうし、その気持ちは月島には痛いほどよく分かる。


「特に先輩んちに行った時に視えると気まずくてしゃあないわ」

「変なものじゃなくてもね、気まずいよな」

「オレ、『Seventh Edge』全員の内見付き合ったことあんで」

「マジで⁉」

「マジで」


 練習生時代の話であるが、毎日どこかしらの不動産物件に通っていた時期があった。普通に大変な思い出だ。その分、不動産には強くなったのだが。


「……、俺、宿舎から出ることになってもつっきーと一緒に住みたいな」

「なんでやねん。別にええけど……」


 いつかは宿舎から出るのか、いつになることやら。ただ、出るときは普通に寂しくなりそうだなとは思っていた。地味に桐生が、たとえ冗談でも一緒に住みたいと言ってくれて、思わず顔を綻ばす。


「ちなみに今日のことはなんか視えたん?」

「うーん、誰かが八分遅刻する。でもそいつのせいじゃない遅刻、っていうのが」

「なんかほんまに起こりそうやん」


 それが本当になるか、はたまたただの夢なのか。明確なことはここでは言えない。

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