7/17 砂上の計画【Day17.砂浜】
「水面、日焼けするよ」
そう言いつつ
「何してんの」
「砂浜に来ました、やることと言えば?」
「城を作る」
「正解、城作りです」
「藤堂高虎だな」
「誰それ」
「戦国武将」と返せば、水面は興味なさそうに「ほーん」と声を出す。別に過去の誰が城作りの名手であろうがどうでも良さそうな声音であった。
佐々木兄弟は本日、雑誌の撮影中だ。兄弟で載るのは珍しいことで、しかもビジネス誌に掲載されるとのことで更に珍しさに輪をかけている。ふたりとも同色系統の服を着ている、これまた珍しいことなのだが日出がハーフパンツで水面がスキニーという取り合わせだ。
今日のスタイリストさん、結構尖ってる。そうふたりで話していた。
撮影も佳境──と思いきや、そこで何やら物言いが入ったようで今は急遽入った休憩時間だ。設置されたテントの下で待っていても良かったのだが、撮影で使用したバケツやスコップなどを持ち出した水面のあとを追って日出も青空の下に来たのである。
そして冒頭に戻る。
「お兄ちゃんなに、その珍妙な格好」
「お前がパーカー着ないって言うからだろ」
自分もパーカーを着ているというのに、更にもう一枚プロデューサー巻きにしている日出の出で立ちは珍妙としか言いようがない。水面はしばらくけらけらと笑った後、流石に申し訳なくなったのか着るよと手を差し出した。日出はいそいそとパーカーを解く。
「あ、接触冷感だ~。涼し~」
「でも厚着してるから結局汗は噴き出るという……」
「それはそうなんだよね、結局暑い」
あつーいと叫びながらも水面の手は止まらない。少量の水を含ませた土をバケツに押し込み土台を作ると、スコップを器用に操り細かい造形を生み出していく。ペインティングナイフとか、ヘラとかあったらもっとすごいことになっていただろう。
真っ新なところから設計図なしにここまで組み立てられるのは純粋にすごい、と日出は水面の一挙手一投足を見守っていた。流石に視線が強すぎたのか、くすぐったそうに水面は首を竦める。
「日出! 見過ぎ!」
「見過ぎじゃない、見惚れてた」
「良く言い換えても見過ぎには変わりないから! なんでそこ否定すんの⁉」
「良く言い換えれば許されると思ったからです」
罪悪感の欠片もないな! と叫ぶ水面に日出は品良く笑う。うふふ、おほほ、と言いそうな笑みだ。真意が謎過ぎる。
生まれてから膨大な時間を一緒に過ごしてきたため、互いのことなら大抵何でも分かるのだが近頃は細々したところが掴みにくくなっている。悪いことではないと思う。そもそも違う人間だ、同じところ・似たところばかりでも気味が悪い。といっても反応に困る返しをされるのは勘弁願いたいが。
「水面、元気?」
「元気だよ、お兄ちゃん。今日もご飯いっぱい食べた」
「……大学、どうよ」
「前期の課題は粗方出したかな~。卒制は先生とまだ話してるけどいっこ、こうしようかなあとか思ってるのがあって」
「うん」
水面は少し逡巡した面持ちを残して、日出にやりたいことを話し始める。
「今度またCD出すでしょ、十二月に」
「出るね。……あー、分かった、お前の曲だ」
「うん、それモチーフにしたくて」
今度十二月に出すCDは所謂EP盤と呼ばれるものである。タイアップなど一切ない曲集で、そのうちの一曲に水面が作詞した曲があるのだ。作詞デビュー曲、曲自体は昨年からあったのだが上手いことハマるCDが出せずに気付けば一年以上経っていた。
「デモ聴いた。初期と編曲変わったよね」
「うん、もうちょいごちゃっとしたイメージって話したらそんな感じにしてくれた」
「今の方が好きだな」
「マジで? あきさまには最初の方が良かったって言われたんだけど」
「亜樹は最初の方のが好きだろうよ」
案外土屋亜樹という楽曲製作担当の男はシンプルでポップなものが好きなのだ。今の編曲はヒップホップに寄っているため、当初あった爽やかさは失われている。恐らくもうひとりの製作担当・南方侑太郎は今の方が好みだろう。
「でも守秘義務とかギリギリじゃないか? 時期的にはギリいけそうだけど、製作期間中も細かいことは話せないだろうし」
「あれだったら事務所で契約書出すってプロデューサーが。先生と契約結んで、先生の前だけなら細かいこと話しても良いし見せても良いっていう風にしてもいいって」
「事務所そんなことまでしてくれるんだ」
事務所が、というかプロデューサーが、というか。水面はしっかり頷き「ありがたいことだよ」と呟く。本当に、と日出も頷いた。
遠くから撮影スタッフの「再開しまーす」という声が聴こえてくる。ゆっくり立ち上がって、砂に足をとられながらテントの方へ歩いていった。
「お兄ちゃん」
「なに」
「ありがとうね」
「……なにが?」
「それはガチのやつ? それともすっとぼけ?」
「すっとぼけ」
「すっとぼけならすっとぼけって言うなよ! まったく……」
水面は自身の左手で日出の右手を握った。日出も握り返す。テント近くのスタッフに「仲良いですね」と言われまくりながら、モードを仕事に切り替えた。
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