7/15 綺麗な人【Day15.解く】
着物の雑誌に呼ばれるとは、と仕事が決まった当初
何故なら同世代のアイドルで月島ほど着物が似合う人間はいない、と日出は自負していたからである。本人のことではないのに『自負』というのもおかしな話だが、メンバーの、もといリーダーのことなのだからほぼ自分事みたいなものだ。自分も雑誌に呼ばれたがほぼおまけみたいなもの、あくまでメインは月島である、日出はそう思っていたのだが──
「紬もええんですけどカジュアル過ぎへんかなあ……。御召でええ感じのあります? あ、半衿もええの揃ってはりますねえ、ほらのでさんこっち来ぃな」
「や、待って、話が違う」
「何が?」
撮影場所であるレトロな雰囲気が漂うモダンな呉服屋にて、店員と話に花を咲かせながら日出の着物を選ぶ月島。その様子を見て日出は狼狽えた。何故自分がメインに? 今日の主役は月島だったはずでは? 気付けばあれよあれよと着せ替え人形になっている。
流石月島滉太、見立てはばっちりでどれをとっても日出によく似合うコーディネートを提示してくる。だがそうじゃない、と当の本人は叫び出しそうであったが。
「今日の主役はお前だろ……! なんで俺ばっかり……」
「いやいや、主役は日出やで。事前アンケートにそう書いたもん、オレ」
「……なんて書いたの」
羽織を脱がせてもらいつつ月島に尋ねる。事前にどのようなコンセプトで撮りたいかのアンケートは確かに存在した、といっても何もピンとこず最終的に「月島が映えるように撮っていただきたいです」と書いたことしか覚えていない。そんな「映えるように撮って」もらう予定だった月島は脱がせた羽織を綺麗に畳みつつ、オレは日出に似合う着物を選びたいって書いた、と呟いた。
「なにそれ」
「日出絶対似合うやん、着物。姿勢良いし、肩もええ感じに落ちとる。でもイメージが剣道着しかないもん、そんなんもったいないやん? だから若者が好きそうな呉服屋さんで日出が似合いそうな着物選んで、ってとこを撮ってもらおうと」
「よっぽど細かい打ち合わせをされたようで……」
日出の与り知らぬところで、このリーダーは先方と綿密な打ち合わせをしてきたようだ。後日談になるのだが、月島はこの企画を日出にはサプライズでやりたいと考えていた。最年長として『弟』を立ててくれている『兄』に、何とかして花を持たせたかったのだ。その結果がこれである。
何も知らされていなかった日出はむっすりと、唇を尖らせて拗ねてしまった。畳の上に体育座りである。ややざわめく現場を背に、月島が日出の隣に座った。そして彼に盛大にもたれる。
「そんな怒らんといてぇな」
「怒ってないし。折角着物で滉太メインの媒体が出ると思ったのに、って思ってるだけだし」
「ありがとうな。そんなに楽しみにしてもらっとって」
「『ごめんなさい』でしょ、俺に黙ってこんなこと……良いんだけどさ、怒ってないし」
「怒ってはるやん! ごめん、ごめんなあ、日出がオレの着物見たいのと同じくらい、オレも日出の着物見たかったんやって。絶対綺麗やん、そんなんって」
「綺麗て……」
この男はまた、と日出は大きく溜息をつく。褒めれば良いってものではない。いや月島の発言を嘘だとは微塵も思っていないが、時折大仰に感じるのだ。日本語がまだ不得手な高梁透アレクサンドルのように他に語彙がないからそう言う、という訳ではなく本気で芝居じみた褒め言葉を用いてくるのが変な心持ちにさせる。端的に言えば居心地が悪い。
「お前ってさ、俺の顔が好きなの?」
「日出の顔が好きなら水面の顔も好きってことになるけど、ええの? それ」
「……どういうこと? あの、質問を質問で返さないでくれる?」
「言うとくけど、オレは水面が日出と同じ着物着とっても『綺麗』とは言わんよ」
「……言葉が、通じてないんですが」
月島が立ち上がり、日出に手を差し伸べた。日出は躊躇なくその手を取り、立ち上がる。撮影は再開された。日出の思っている以上に月島の良い写真が多い。というか人の着物を選んでいる最中に、こんな楽しそうに笑っているだなんて。
何故か負けた気分になった。
「なんでやねん!」
大きく笑いながら月島は日出の帯をほどく。スタイリストからの手直しは多少あったものの、今日の日出は月島が着付けたのだ。コーディネートを決めるには飽き足らず、着付けまでやりたいだなんて大分欲深い。……少し違うか、と日出は我に返った。
「のでさん、体作り始めたん?」
「よく分かるな。ジム行き出した」
「ちょっと厚くなってはるから。ええやん、素敵」
「……お前って俺に対してはそんな感じだよな」
「うん?」
やっぱり、かなり気になるので尋ねることにした。どうしてそこまで綺麗な言葉で褒めるのか、別にどう褒められても嬉しいし、そもそも褒め言葉というのは言葉自体よりも誰が褒めたかによるところが大きいと思っている。
月島が褒めてくれるならどんな言葉でもきっと喜べる、だからこそ気になるのだ。どうしてこんな綺麗な言葉を使ってくれるのか、と。
「綺麗な人に綺麗な言葉浴びせたら、もっと綺麗になると思わん?」
「……お前本当に俺のこと好きだよな」
「のでさんがオレのこと大好きやからやろ? それは」
「はい?」
結局尋ねたところで真っ当な答えは帰って来なかった。むしろよりこんがらがって、そこら辺に落ちている。まあ下手に解かれてもなあ、と日出は溜息をついた。
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