7/14 だったら全部がいい【Day14.お下がり】

「これ~、は、着ないけど着る?」

「今着てみて良い?」

「良いよ」


 ずる、と着ていたTシャツを脱いだ森富太一もりとみたいちは手渡された半袖のフーディを被った。色は薄い青、水色というほど明るくはないがぱっきりとした色合いだ。胸にプリントされた英字は黄色、これもぱっきりしている。

 この服の持ち主であった南方侑太郎みなかたゆうたろうは「似合うんじゃない」とこぼした。


「そうかな」

「色白いからぱきっとした、なんていうかな、はっきりしている色が似合うよね太一。でも暖色は死ぬほど合わないけど。真っ赤とかの方が逆に良いのかも」

「濃いピンクとか?」

「ああ。似合いそう。濃いピンクは流石に持ってないけど、このシャツどう? 柄物あんま持ってないよね」

「ちょっと前に侑太郎くんが結構着てたやつだ」


 着ないの? と森富が尋ねれば南方は少し考えた素振りをし、欲しければあげる、と返した。南方は現在、クローゼットの中身を整理中なのである。

 本来ならば衣替えの時期にやる方が手っ取り早いのだが、色々と忙しく気が付けば衣装ケースからそのまま夏物を出して着る生活をしていた。流石にこのままはまずいと思い、南方は仕事終わりに衣替えを敢行しているのである。森富と一緒なのは、森富がお下がりに飢えていたからだ。給料はメンバー全員同じだというのに、未だにこの末っ子はお下がりを求める。


「だってさあ、俺まだ自分に似合うもの分かってないんだもん。でも試行錯誤するのにはお金が足りないし……」

「古着屋とか行ったら? 桐生とか、それこそ水面くんとか詳しいよ」

「他人が着た服着るのは抵抗ある……メンバーは別だけど」

「そうですかい」


 気持ちは分からなくないが、というか南方も知らない人間が着た服を買う思考にはならない。古本ですら嫌悪感があるというのに、服なんてもっと無理だろう。

 森富が服について、南方に相談することは少なくない。むしろ頻繁だ。理由を上げるなら南方のファッションセンスがメンバー内で比較的良いことと、森富の体格と近しいところにあること。森富太一、現在184センチ弱。南方より三センチ近く大きい。


「でも足の長さは多分お前の方が圧倒的に長いよ」

「そんなことはない! 侑太郎くんもちゃんとスタイル良いから!」

「いやいや、クォーター組に次いでお前だと思うよ。だからデニムとかはおいそれとあげられないんだよなあ」


 俺の足の短さがバレる、と南方が悪戯っぽく言えば、そんなこと本当にないから、と森富は憤慨したように叫んだ。いじり甲斐のある末っ子だ。上記の言葉は南方にとって本音であっても自分を卑下した言い分ではない。別にそこを突っ込まれても怒らないし。

 だが森富にとっては「言っちゃ駄目なこと」なのだ。身体的なことは確かに言うことを良しとしない風潮になりつつある、自己申告でも微妙な空気になることがあるほどだ。当人の問題なのに不思議だなあと南方は思うが、コミュニケーションの観点から言えば然もありなんだろう。聞き手が反応に困る話は、よろしくないのだ。


「……侑太郎くん、思考飛んでない?」

「飛んでた。めっちゃどうでも良いこと考えてた」

「多分そこそこ大事なことだと思うよ。で、結局これは貰っていいの?」

「ああ、それ? 良いよ、それは着ないから」


 森富が手に取っていたのは、ハイネックの半袖のTシャツだ。肌触りが好きで買ったは良いものの、南方が着るとそれ一枚では格好がつかない。何かを羽織ったり、レイヤードしたりすると良い感じとのことだがそれでも微妙だった。森富なら着こなしてくれることだろう。


「じゃあ七着貰ってく」

「あとは要らん? 正直処分が面倒だから全部持ってってほしいくらい」

「いや流石にゆうくんのもの、俺が代わりに捨てるのとかはやだし……」

「それもそうか。分かった、じゃああとは練習生にも訊いてみ、る……どした」


 練習生、というワードを出した瞬間森富の顔が強張った。何か踏んではいけないところを踏んだか。四年近く一緒に住んでいるがこんな地雷初めて聞いたぞ。南方は恐る恐る森富を覗き見る。森富は何とも言えぬ顔、悔しさと寂しさの中間の溝にいるような顔をしていた。


「……ゆうくんってさ、最近練習生と仲良いの?」

「あの、ラップ講師で呼ばれたりするから、まあ交流あるかなっていう」

「そっか、そうかあ、そう、だよねえ……」


 森富の声はどんどん小さくなる。マジで何なんだ、と南方は顔を歪めるがひとつだけ、もしかして、と思い当たることがひとつだけあった。これだったら面白い、だけど面白いなんて言ったら森富は確実に拗ねる。

 南方は笑みを押し殺しつつ、「あのさあ」なんて話を切り出した。


「嫉妬してる? やきもち?」

「は、はあ⁉」

「おま、その顔は図星じゃん! え、やきもち? 練習生に? なんでえ?」

「図星じゃねーし……」


 確実に図星だ。悔しいのでも寂しいのでもなかった、拗ねていたのだ。南方が自分のあずかり知らぬところで、見知らぬ練習生と交流を深めていることに拗ねていただけだった。


「図星だろその顔! 分かりやすすぎ~、可愛いなあお前」

「だ、だって、」

「だって?」


 南方は膨れ面の森富の頬を連打する。もう大学生だがまだ十八だ、頬のもちもちさは全然子供のそれである。


「だって、うちの『兄』なのに……」

「え、」

「よそで新しい『弟』を作るなんて、この浮気者!」

「お前それは……可愛いのオーバーキルですよ……」


 思わず敬語になってしまう南方であった。

 この話は後日グループの共有メッセージで全員に共有され、しばらくあらゆる雑誌や番組で擦られ続けた。その間、森富の顔がずっと真っ赤だったのは言うまでもない。

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