7/13 流されない場所【Day13.流しそうめん】
全員揃ってのオフはいつぶりだったか、と
話は変わるが、今リビングの机にはおもちゃの流しそうめんマシーンが水を回している。麺は現在、
「そりゃそうなるだろ、馬鹿じゃないの」
「じゃあゆうくんがやってくださいよ!」
「目回すからやらないって言ってんのこっちは!」
「でもお腹空いたなあ」
森富がちら、と台所の方を向けば目が合った御堂が「先食べてていいよ」と言いつつ森富をアイコンタクトで読んだ。大皿には茹で上がったばかりの素麵が綺麗な渦をいくつも描いている。麺つゆはしっかり割られたものを大きめの急須(これしかなかった)に入れ、薬味は種類ごとにざっくりと小鉢に分けられている。
ちなみに御堂は麺を茹でている訳ではなく、天ぷらを揚げていた。年々料理のスキルが上がっていっているのは気のせいではないはずだ。
「てか、つっきーとえいちゃんはさっさと食べないとやばくね?」
「うん。さっさと食べんと遅れるわ、だからそのまま頂戴」
「えっ流さないの?」
「……えいちゃんが流したいんなら流せばええんやない?」
俺流したい、と言いながら桐生はセルフで麺を流しそうめんマシーンに投入する。一周してきたところで掬い取り食べる。何が楽しいねん、真顔になる月島だったが本人は嬉しそうだったので野暮なことは言うまい。
気付けば時間を心配してくれていた土屋が、御堂に言って二人分の天ぷらを持ってきてくれていた。海老、大葉、茄子、かき揚げである。「センスええなあ」と月島はひとりごちた。
「いっちゃん、センス良いって滉太くんが」
「えっゆう、なに? 何のセンスが良いの?」
「天ぷらの種類のセンスだよ」
「あー、それなら、ね。うん、僕じゃないのよ」
そうなの? と首を傾げる南方に倣い、高梁と森富も同じように首を傾げた。そうめんマシーン内は大混雑を極めているし、二人のほっぺはリスの如く膨らんでいた。
「天ぷら揚げるってなった時に、なに揚げるか決めてくれたのはのでさんだから」
「ああ、せやからオレの好きなもんばっかなん?」
「なに言ってんのお前……」
茹でた素麺第二陣の大皿を持っていった日出が眉をひそめる。別に月島が好きなものだから選んだ訳ではない、自分が好きなものとみんなが好きなものを天秤にかけてこうなっただけだ。というか、自分と月島がたまたま『茄子の天ぷらが好き』という点で一致しているに過ぎない。
そう言っても月島は「分かっとる分かっとる、ありがとうな」と返すのみ。これには流石の日出もイライラせざるを得ない。
「伴侶の趣味は完璧に分かってこその夫婦ですもんね……!」
「透、黙れ、素麺は黙って食わないと腹が破裂するんだぞ」
「ええ⁉」
「とんでもない嘘つかないでよ⁉ 透くん嘘だからね、そんなことでお腹が破裂したら人類の敗北だよ……!」
さわさわと自分の腹をしきりに触り始める高梁にフォローを入れる森富。火種の原因たる月島はその様子を見てけらけらと笑っていた。
「それより、のでさん」
不機嫌っぽい表情を上手く作っていた日出は、すん、と真顔に戻り南方の方を向く。彼が何を訊いてくるか、察しはついていた。
「水面くんは」
「起きたら食べるって。あんまり食欲ないみたい」
「……一昨日もカレー、しんどそうにしながら食べてたからなあ」
一昨日、
「待つしかないやろな。大学のことも重なってしんどい時期やろうし」
「でも体力も筋力も、減ったら戻すのは大変だよ」
「みなもんのことだから、多分気力で何とかしそうなんだよな」
桐生の尤もな心配に御堂が今までの経験値から導き出した予想を述べると、一気に部屋の雰囲気が暗くなる。水面は比較的丈夫な代わりにそういった無理をしがちだ。もうすぐサマケプもある、今のままではパフォーマンス中に熱中症などで倒れてもおかしくはない。
「でも無理矢理に食わせるっていうのも」
「……無理矢理はやめてよ~」
唐突に、さっきまで話していた人物の声が聴こえて全員がそちらの方を向く。そこにいたのは当然、佐々木水面。寝間着から部屋着に着替え、寝起きのむくんだ顔を晒していた。
「ど、どうしたのみんな、死人でも見るような顔して」
「冗談でもそんなん言うな」
「……ごめん」
月島に発言を袈裟斬りにされた水面は、ゆっくりとリビングのソファに腰掛ける。
「み、水面くん」
「なあに、とみー。あ、ゆうも、この間はごめんね心配かけて」
「……大丈夫じゃないんだろ。起きてこなくても」
「でもさ、折角みんないるんだから顔見たくて」
にへ、と笑う水面の顔を見て高梁は勢い良く抱き着く。抱き着くというか押し倒すというか、それに対して水面を心配する悲鳴と高梁に対する怒号が飛び交う。いつもの騒がしい『read i Fine』だと水面はより一層笑みを深めた。
「私のパワーあげますからね、水面くん。ハグでこう、注入しますので!」
「ありがと~透。なんか伝わるよ、パワー的なの」
「水面くん、ごめん、俺とつっきーもう行かないとなんで」
「みなもん、養生せえよ。流れとる麺はいくらでも食ってええから、てか食わんと伸びる」
「いってらっしゃ~い。ってまさかの残飯処理⁉」
「新しく茹で直してもらえばいいんじゃない? それはなんかに使えるだろ」
「チャンプルーとかにでもすればいいよ。伸びたのわざわざ食べなくて良いから」
「チャンプルーいいね、普通の焼きそばより好きなんだよなあぼく」
「水面くん」
南方が水面を見下ろす。依然、高梁に覆われたまま水面は彼を見上げた。
「お腹空いてる?」
「……ちょっと? てか喉乾いたかな」
「俺、お茶淹れてきます! 水面くん待っててね」
「とみーさんきゅー。あ、お兄ちゃん」
「なに」
いきなり呼び止められた日出が水面を一瞥する。感情が見えない表情だ、だけど双子だからだろうか、何を考えているのかおおよそ分かってしまう。
「なんも話さなくてごめんね」
「そこを謝るってことは確信犯だったなお前。麺つゆに死ぬほど七味入れてやる」
「なんで⁉ え~ごめんなさい、ごめんごめん! 七味はやめて!」
「嘘だよ」
いつもの片頬を上げる、引き攣った笑い方。弟とのツーショットでしか登場しない笑み。
居場所はちゃんとここにある。そう思えるだけで軽くなるものが、はっきりとあった。
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