7/12 ステップは褒められない【Day12.門番】

 まだやってる、と練習室の扉を少し開けて中を伺う御堂斎みどういつき。彼の視線の先には今度の大型歌番組で披露する曲の振りを練習する桐生永介きりゅうえいすけがいた。

 もう何時間やっているのだろうか。少なくとも御堂が本社に用があって来た時点ではもう既に汗だくで、それから打ち合わせが終わった二時間後、つまり今まさに練習しているということは三時間以上ぶっ続けということだろう。

 御堂は自分のことを完全に棚に上げ、よくやるわ、と扉の前に座り込んだ。自分だって新曲の振り入れ、ライブ前となったら平然と四時間、五時間踊りっぱなしというのに。いや自分がそうだから、だからこそなのかも知れない。

 御堂はダンスが好きだ。自分は踊るために生きていると自負しているくらいにはダンスが好きで、そのため細かいディティールを掴むためどうしても時間を使ってしまう。踊っているときが一番生きていると感じられるのも理由のひとつだ。

 だが桐生はそうではない、彼はむしろその喜びを歌に感じるタイプの人間だ。ジャンルが異なるのだ、御堂とは。だから互いに本質は理解できるが、それぞれのジャンルの細かい部分については分からない。桐生は御堂が掴みたい細かいディティールなんて理解できていない、はずだった。


「や、最近何となく分かるんだよ、いっちゃんが言う『ディティール』が」

「え、嘘でしょ」

「なんで最初に嘘とか断定すんだよ。共感できるって言ってるのにさ」

「ええ、だって、だってさあ……」


 御堂は桐生の言葉に俯く。桐生は飲み物を買いに行こうと外に出た瞬間、扉前にいた御堂を捕捉して中に引きずり込んだ。どうせなら教えてもらおうという魂胆で、それ自体御堂は別に良いのだが問題は今さっきのやり取りである。


「ってか、本当に今までそのディティールを理解してもらったことないの?」

「いやそれはあるんだけど」

「あるんだ⁉ じゃあなんで俺の『分かる』は嘘になるんだよ⁉」

「そ、それはさあ、だってお前、ダンス苦手じゃん、好きじゃないじゃん……」

「いやいやいや、昔の話だろ、それは」


 昔というか『read i Fineリーディファイン』ができた当初の話だ。もう三年以上前のことで、その頃は誰が見ても桐生のダンススキルは拙く、かつ踊ることが苦手で仕方がないという風だった。それを見かねた御堂が丁寧に教えていたのは、互いの記憶にちゃんと残っている。


「昔はそりゃ、歌手志望だったのにアイドル? 踊るの? って思ってたけど……今は違うし、アイドル楽しくてちゃんと踊りたい、踊るの楽しいって思えてるから」

「そんなことある?」

「あるよ、いっちゃんのおかげだよ」

「ええ~? 嘘だあ」

「なんで嘘なの」


 桐生が険しい顔付きになり、御堂の笑顔が鳴りを潜めた。

 どうしてこの人は、と桐生は心中で溜息をつく。どうしてこの人はダンスがこんなに好きで、ダンスをみんなに好きになってもらいたいと思っているのに、いざそう思っていると聞かされたら否定に走るのか。自分のやっていることは無駄だ、と言われたいのか。マゾなのか、っていうかそれは最早破滅願望だろう。


「いっちゃんのやってきたことで、俺は本当にダンス好きになったんだよ。感謝してるよ、今の俺がいるのはいっちゃんのおかげだから」

「あ、あの、そこら辺で勘弁してもらえませんか……」

「嫌だ。あのさ、もうデビューして二年目だよ俺ら。褒められることに慣れておかないと」

「そうは言っても……」

「自信ないのは良いんだけど、褒められて否定することだけはやめようよ」


 ダンスが好きでダンスに人生捧げることを決意したこの男は、ダンス絡みで褒められることがいたく苦手なのだ。きっと根底に「失望されたらどうしよう」というプレッシャーから逃れたい願望があるのだろう。誰も失望しないのに、いや誰もというのは言い過ぎだけど、少なくともメンバーは誰一人失望なんてしない。

 ダンスが好きで仕方ない君の、ダンスを否定する人間なんてうちのグループには誰もいないのに。


「……いっちゃんに毎日褒め言葉を投げかけたら、もしかして慣れてくれる……?」

「それはやめろ」

「じゃあ自分で頑張ってね」

「頑張る、……頑張るけどやらなきゃいけないけど、できるかな」

「やらなきゃいけないって分かってるなら、やるしかないだろ」


 ほら立ってと桐生は座っていた御堂を立たせる。この際、御堂のディティールを教えてもらおう。自分だけでやるにはそろそろ限界が近い、彼が見ている世界をそっくりそのまま教えてほしい。何に気を付けて、何を思ってそれを踊っているのか、すべて知りたい。


「とにかく『Read Me』と『月に踊る』は教えて。自分だけでやるにはもう限界だ」

「分かった。……あ、言っとくけど鍵、マネージャーから貰ってあるから」

「あ、忘れてた。ごめんなさい」


 桐生は練習室の鍵をマネージャーに預けていたことをすっかり忘れていた。謝罪する彼を軽くいなしつつ、御堂が口を開く。


「マネージャー、お迎え行かないといけないんだって。……あと、どうせ僕がお前の様子見に行くの分かってたんだろ」

「うん?」


 様子を見に行く、とは。それを訊こうとして「『Read Me』と『月に踊る』だよな」とあっという間に遮られた。いやこれは意図的だ。


「心配してたの?」

「メンバー心配するのは当然です! 『Read Me』からやるか、口拍でやってみようか、ツーエイトからだったよな、やるぞほら!」

「ちょちょちょ、ちょっと待って! 待ってって!」


 照れ隠しのせいで普段より二割増しにスパルタとなった御堂、そのレッスンは三時間以上踊り詰めていた桐生にとってとどめといっても過言ではなく──結局二人揃って床に寝転がる始末となっていた。

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