7/10 まだ、まだ、【Day10.ぽたぽた】
座って俯いている
流石に社内の休憩室で泣いている姿を晒すのはよろしくない。泣くことが駄目な訳ではなく、場所の問題だ。休憩室は練習生の子も使う。練習生の子が休憩室に入ってデビュー組の先輩が泣いているところを見たらどう思うだろうか、そのせいで夢が潰えてしまったり才能が生かされなかったりすることはあってはならない。あくまで水面の価値観だが。
「で、今日はどうしたの~?」
あくまで入りは軽めに。深刻に心配し過ぎると泣いている側も頑なになってしまうものだ。特に森富は我慢強い子だから、心配かけさせまいと「何でもないです」と最初に断じてしまう。何でもない訳ないだろうに。あんなに我慢強くて真面目な子が、何でもないことで泣く訳がない。
SNSで何か言われたか、個人仕事が上手くいかなかったか、新しいCDを出すことが決まってそのプレッシャーか。事務所内でも『
案の定、森富も次に出すCDのプレッシャーで一気に不安になってしまったそうだ。
「……毎回、毎回、次はもう無理だ、って思うんですよ」
「……そうなんだ」
初めて聞いた、森富の本音だ。だが言葉としては初めて聞くだけであって、その雰囲気は端々から感じている。彼は常に限界を超えていると思っている。
「前の時も、もう無理だ、これ以上出し切れない、と思って歌って踊って、でまた次って……なんかもう、どうしようもなく、不安になっちゃって……」
「前のCD成績良かったしね~。おれらも滅茶苦茶頑張ったし」
前回出したCDもといミニアルバムだが、表題曲もさることながら発売後にタイアップが決まったある一曲も評判が良く、累計売上がリファインの現状ではトップに輝いている。前の成績が良かった、ということは次の成績も期待されているということ──なんてことは、誰だって分かるだろう。
「レコーディングも録り直しまくったどころじゃなかったよね。ディレクションも滅茶苦茶試行錯誤したし、途中で歌詞全部変えられたりとか全員必死だったよ。ダンスも、めっちゃハードだったし、歌番組でやる度にみんな削られてたもんね」
楽曲製作隊──
それくらい前回はハードだった。精も根も尽き果てた状態で別の仕事に向かっていたほどだ。しかしあんなにハードだったから成績が良かったのか、残念ながらそれは違うんだ。
「とみー、しんどかったのはお前だけじゃないし、お前が特別スキルが足りてないとか、そういうことじゃないよ」
水面は俯いている森富の手を握った。冷房が利き過ぎているのか、冷たい手をしている。
「とみーのことだから、自分がしんどいってことよりメンバーの足を引っ張ってないかとか、邪魔してるんじゃないかとかそういうことを考えてるんだよね。こういう弱音を吐くことも本当は迷惑なんじゃないかとか、全然そんなこと、ないからね」
水面は言いつつ、森富を自分の元へ抱き寄せる。大きい体、背丈は大きいが厚みはない。背が高いからこそこの薄さは頼りなく感じる。だけどすっかり大きくなったなあと水面は感動した。初めて会った時も大きい子だとは思ったけれど、もう十センチ以上離されている。
子供の成長は早い。自分が成長しているのか不安になってしまうくらいには。
「むしろ、そうやって抑え込んでなかったことにしようとする方がお兄ちゃん的には悲しいよ。ちゃんと吐き出しな? うちのメンバーなら誰ひとりもお前の話を鬱陶しいとか思わないから」
「……俺の兄貴は、実の兄だけだよ」
「やだ、手厳しい。『お兄ちゃん』って言ってよお~」
「それは普通にいやです」
顔を上げた森富は、目を真っ赤に腫らしていたが確かに笑っていた。水面はそんな末っ子の姿を見て同じように笑顔になる。
「元気になった?」
「……なってない」
「だからまだ抱き締めて、あっ、あー⁉ まって⁉ 背骨! みしみしいってる!!」
「水面くんほっそ……水面くんが細いのは異常事態だよ……」
「喧嘩売ってんのか?」
メンバーでは比較的体重増減が激しい方の水面が、この頃はずっと体重を維持しているとのことで森富は不審に思っていたのだ。今抱き締められて、抱き締めて、実感した。多分この人、食えてない。脂肪だけではなく筋肉まで減る痩せ方をしている。
「一緒にジム行こうか」
「え、ええぇ~……やだ、運動嫌い」
「駄目だよ、またサマケプ出るんだから。体力つけておかないと」
「それはそうだけどお~」
サマケプ、もとい『サマーエスケープ』という事務所合同のフェスがあるのだが今年もリファインは出演が決まっている。体感四十度を超えるステージ上で持ち時間一時間程のライブを行うのだから、生半可な体力では倒れるのが関の山だ。
「……分かった、行こう。でもまずアイス食べよ」
「えっ奢ってくれるんすか?」
「奢ってあげる、いくらでも奢ってあげるよ」
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