7/9 それだけ【Day9.肯定】

「他のメンバーの方から、『月島さんの「大丈夫」にはすごいパワーがある』などの言葉をいただいておりまして──」


 目の前でにこやかに話を広げるインタビュアーの発言に、月島滉太つきしまこうたはきょとんとした。

 普段は載らないような女性向けファッション誌のインタビュー。自分みたいなちんちくりんがモデルの真似事をしていて笑われないものだろうか、と以前マネージャーに言ったら普通に注意されたことを思い出した。確かにあれは自虐が過ぎた、今なら反省できるが当時は何となくマネージャーの叱責をまともに受け止められなかったのだ。

 ともあれ今はインタビューの内容だ、もらった質問に「そうですね」と枕詞を置いて質問に答えていく。未だに「自分の『大丈夫』にはすごいパワーがある」なんて信じられないままだけれど。


「誰が言ったんやろなあ……」

「前に掲載させてもらったのは日出さんと、高梁さんなので恐らくそこでしょうね」

「どっちも言うイメージないんですけど」


 撮影とインタビューを終え、マネージャーが運転する車で本社に戻る月島。雑誌自体は翌々月発売とのことで、また発売が近くなったらSNSにあげる写真を選ぶ作業に入る。とは言えそれもしばらくあとの話なので、頭の片隅に留めておいて本社でまた別の仕事だ。

 今度出すCDのデモが完成したとのことで意見交換会がある。月島はボーカルのガイドもやっているため、その部分の擦り合わせも行わなければいけない。もしかして忙しい? と呟けばマネージャーは呆れた声で「当たり前でしょう。飛ぶ鳥を落とす勢いなんですよ?」と言って赤信号に止まる。


「意外と混んでますね。月島さん、すみません、到着は十分ほど遅れそうです」

「ええですよ、しょうがないです。それより安全運転でお願いしますね」

「当然です。大事な命なので」


 大事な命、とはっきり言われるといささか照れるものがある。月島はむず痒い気持ちになりながらも話を元に戻した。自分が言う「大丈夫」の話に。


「実際リーダーとしての月島さんはこれ以上なく頼りになりますからね」

「どうなんですかねえ、自覚はないですよ」

「月島さん抜きのグループの仕事だと、若干グダグダになることもありますし」

「ほんまですかそれ?」


 それこそ想像ができない。メンバー全員──これは月島も誇りに思っていることだが──プロ意識が高くどんなことでも一生懸命に取り組む。ドッキリだろうがコントだろうが、モニターにコメントを言うだけの仕事であってもそれは懸命に。

 だがマネージャー曰く、方向性が分かり辛い現場だといまひとつ集中力に欠ける部分があるらしい。あとでミーティングした方がいいだろうかと考える月島だったが、そこまでのことではないそうだ。わざわざ「不真面目ということは絶対ないので」とマネージャーは釘を刺す。


「彼らは社会的な経験値も然程高くないですし、当然ですがやったことないことには自信を持つのも難しいですから。そこを月島さんは支えているじゃないですか」

「それしかできることないですしね」


 リーダーは正直向いていないと思っている。任命された時から、デビューした今でもずっと思っている。自分にはグループをまとめる統率力も、引っ張っていくカリスマも、見せて安心させるような背中も持っていない。

 やれることと言えばメンバーを安心させることくらいだ。良いところを褒める、促す、そのままで良いと思ったならちゃんと口に出す、そのままでは駄目だと思っても本人のことはしっかり認めていることを伝える。繰り返し繰り返し、否定されやすい柔らかい部分を守っていく。それしかできないので、それしかやっていない。

 しかしマネージャーは「それができるのがすごいんです」と力強く言った。


「他人を受け入れるのは大変なことですから、それをメンバーは分かっているんですよ。リーダーとしてはこれ以上もない適性です」

「て、照れますねえ……」

「そう考えると日出さんと高梁さんが月島さんのことを褒めたのも、何だか分かる気がします」


 日出こと佐々木日出ささきひのでは月島をリーダーに推薦したその人だ。同じグループになるならリーダーは絶対に月島だと至るところで豪語している、どうしてそこまで自分をリーダーに推していたか分からないがこの適性を見抜いていたなら納得もできなくない。

 高梁こと高梁透たかはしとおるアレクサンドルは第一印象より内向的な人物であり、プレデビュー期間にはメンバーとの問題も多少起こしていた。敏感な人間なのだと思う。自分のことが好きでないような雰囲気も散見された、今はそんなことないのだけれど。


「リファインのリーダーは月島さんしかいませんよ」

「ずっとそうありたいもんです」

「というか、月島さんがリーダーじゃなくなるときはリファインがなくなるときだって日出さんが言っていたので」

「あいつたまにとんでもないこと言いはりますね?」


 気付けば本社に到着していた。駐車場に車が停まり、どこからともなくかかってきた電話に応対するマネージャーの隣を歩きつつ、大事にしようと月島は心中ひとりごちた。

 リーダーとしてもらった言葉はきっと今後の人生で滅多にもらえない言葉だ。プレッシャーもあるし、迷うことだってこれから沢山あるだろう。だけど捨てちゃ駄目な言葉だということは確信している。

 それこそリファインがなくなるまで、誰の心にもその残滓が見当たらないくらい跡形なくなるまでは、自分がリファインのリーダーだということを胸に刻もう。矜持はいくらでもあっていい、自分の仲間で友達からの言葉ならよりそのはずだ。

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