7/6 変化する影【Day6.アバター】

 宿舎のリビングにて、珍しく御堂斎みどういつきがパソコンを触っていると思ったら仕事絡みらしい。それもそうかと南方侑太郎みなかたゆうたろうは納得したが、画面を見て首を捻ってしまった。


「滅茶苦茶マイクラのスキンを作ってるようにしか見えないんだけど」

「そりゃあ滅茶苦茶マイクラのスキンを作ってるからね。普段使ってるスキンだと著作権の問題で配信できないって言われちゃったから」

「ちかっちとの配信かあ」


 ちかっちとはヤギリプロモーション所属男性アイドルグループ『Nbエヌビー』の久野親治くのちかじのことである。御堂・南方と同い年であり、尚且つ御堂とは同期ということで親交が深い。事務所きってのゲームオタクであり、ゲーム実況配信用の個人チャンネルの所有を唯一許された存在でもある。

 御堂はそんな久野と今度マインクラフトというゲームの配信をするそうなのだ。立方体で作られた世界で採掘をしたり狩りをしたり建築をしたり、シンプルでありながらサバイバル要素強めで全世界にファンがいる間違いなく世界的に有名なゲームのひとつだ。

 スキン、というのはマインクラフト内のアバターの見た目のことだ。


「いっちゃんのスキンってなんだったの?」

「僕? 霊夢だよ東方の」

「それは変えろって言われるわ、当たり前だわ」

「なんで?」


 なんでも何も、美少女キャラクターの皮をかぶった男性アイドルとか批判の的でしかないのでは。少なくともファンなら微妙な気持ちになりそうだ、いや『御堂斎のファン』ならかなり耐性もついているから許容しそうだが事務所的にリスクヘッジはしておきたいところだろう。


「てか結局アカウント別でとるんだけどさ、仕事用で」

「だろうね……私用アカウントバレとか怖すぎる」

「という訳で紅白衣装の僕を作ってみました~」

「えっ再現度高っ⁉」


 去年の年末に『read i Fine』が満を持して出場した全日本放送局の『紅白歌謡祭典』、その衣装に身をまとったその頃の御堂斎らしきスキンが画面に映し出されていた。


「やっぱり衣装って分かりやすいね! 会心の出来!」

「これは金を取れるレベル」

「え、マジで? 副業にしちゃおっかなあ」

「俺のも作って欲しい」

「なんかマイクラ配信の仕事来たら作ったげるよ」

「ちかっちにそれとなく言っておいて、次は侑太郎が来たがってるって」

「そこまでして欲しいの⁉ 別に良いけど……」


 ちかっち驚くだろうなあと御堂は呟く。南方と久野は不仲という訳ではないが、互いに距離感を測りかねている関係性である。友達ではないけど、友達じゃないと言うと角が立ちそうでなんか嫌、みたいな関係だ。人格の根元が似ているのだろう、と御堂は思っていた。

 そういえば、と御堂はスキンのデータを保存しているフォルダにあるファイルを発見した。作ったは良いもののずっと放置していたファイルだ。


「ゆうさ、プライベートでマイクラやるよね」

「やってるけど、たまーにだよ、本当稀に」

「スキン要らん? 要らんかもしれんけど」

「ど、どういうこと? 斎語すぎるんだけど?」


 斎語って、と笑い出す御堂だった。御堂独特の言い回し、ファン曰くの『斎語』だ。字面が雅なくせに内容はほぼトートロジーじみているのだから失笑せざるを得ない。


「霊夢のスキン作ったときに、ついでに魔理沙のも作ったんだよ。これ」

「はあ。……え、これをくれるってこと?」

「だから要らんかもしれんけど、って言ったじゃん」

「なあるほどねえ……」


 要らないかも知れないけど要らないか、という尋ね方をしたのはそういうことか。南方は把握した。霊夢同様、魔理沙も美少女キャラクターだ。男が使うには少しエッジが効き過ぎている。加えて作中では霊夢と魔理沙は相棒関係にある。つまるところ──


「勘違いされたくないから言うけどマイクラやってる身近な人間マジでちかっちとお前しかいないしちかっちはスキンもこだわってるからくれてやるならお前だと思っただけだよ、マジで」

「息継ぎしてる? メインラッパーいけるよ、いっちゃん」

「じゃあ次の曲は僕の歌割、ラップ多めにしておいてね⁉ で、どうなの、要るの要らんの?」

「必死乙」


 南方が鼻で笑えば御堂は器用に足を延ばして、南方の腰当たりを蹴飛ばした。そこそこ強い蹴りである、というか御堂は武道経験者なのだ。


「本気で蹴ることないだろ⁉」

「手加減おもっくそしたわ! 要らんなら要らんって言えや!」

「要る要る! 私用メールに送っといて!」

「……え、マジで? 要るの?」

「うん。欲しい」


 だって出来が良いと南方が言うや否や、御堂は持ち前の表情管理で思いっ切り顔を歪めた。褒められたくせにその表情は何だと言いたくもなるが、そういえば昔からこういう奴だったと南方は溜息をついた。

 本当にダンス以外の自信がないんだな、こいつ。練習生時代からの呪いが未だに解けていない。デビューしてから大分良い思いをさせてもらっているというのに。


「褒められたら素直に『ありがとう』って言いなよ。持ち前の美少女仕草で」

「幼なじみの美少女仕草なんて見たいの?」

「見たいよ、かわいいもん」

「……年々、侑太郎のことが分からなくなってくんだよな。なんで?」

「さあ?」


 俺も年々分からなくなっているよ、とは言わず南方は首を傾げるのみだ。

 ひとつ言えるとするなら、互いに変化していっているからではないか。外見だけではなく、内面も勿論。

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