7/3 意図が外れる【Day3.文鳥】
ペットショップなんてそんなに行かない、それこそ仕事絡みでないと。
「実際動物飼ってる人じゃないと行かないよなあ。ふらっと入るにはちょっとハードル高いし」
「いやふらっとは入るんだけど」
「ふらっとは入るんかい! じゃあわりと行けるじゃん……?」
毎月『
無難に犬猫でも見るか、と日出がその方向へ足を差し出した瞬間、桐生はまったくの逆方向へ歩みを進め始めた。別にふたり揃っての撮影が必須という訳ではないので、各々思うように動けばいい。しかし「ペットショップはハードルが高い」と言っていた桐生がこんなに迷いなく歩き始めたことに面白くなってしまった日出は、自分の中にあった無難さを放り投げて彼の後をついていくことにした。二メートル後ろを陣取り、似たペースで歩く。
「……隣歩いてくれていいんですけど」
「いえいえ、お好きにどうぞ」
「それ俺の台詞なんだよなあ……。──おお、着いた」
「……鳥?」
桐生が迷いなく向かっていた先は鳥類のコーナーだった。並べられたゲージにはインコだのオウムだの、大きめの檻の中にはふくろうなんかもいる。まあふくろうは現在睡眠中だが、大体の鳥類は羽音や鳴き声を撒き散らして活発に動いていた。
しかし知らなかった、と日出は心中でひとりごちる。桐生が鳥好きだったとは。
「美味しいよね」
「……お前マジで言ってる?」
「引かないで、冗談だから。食べるのも好きなのは正解だけど、基本的には造形が綺麗だから好きなの、鳥は」
「へえ、造形。ちなみに俺は食べることしか好きじゃない」
「のでさんの方がよっぽど酷いよ」
生憎佐々木日出という人間は、動物に対してそこまで愛着が持てない人種だ。散歩中の犬や昼寝中の野良猫など、冬場のふくふくとしたすずめやカルガモの親子の速報など可愛らしく思うがそれだけだ。特別な感情は何もない、風景のひとつだ。
「造形、って言ったけどどういうこと? 色? フォルム?」
「フォルム、特に文鳥が好きです」
「シマエナガちゃんじゃなくて?」
「『ちゃん』をつけると一気に別物になる気がするんだけど。シマエナガも好きだよ、でも文鳥のこのバランス? 目の大きさと嘴の大きさ、あとつるんとした輪郭とか、なんか好き。丸のみしたくなっちゃう」
「やっぱ食う方に好きなんじゃん……」
「今のは言葉の綾ですから!」
大きい声出してごめんね、と桐生は文鳥のゲージに話し掛ける。肝心の文鳥は気にも留めず忙しなくうろうろしていた。
「飼ってたの? 文鳥」
「飼ってないよ、てか動物は飼ったことない。うち、飲食店だから」
「……ああ、昼間はカラオケ喫茶で夜はカラオケスナック」
「あとオーナーたるばあちゃんは動物アレルギーだったから、土台無理な話だ」
のでさんは? と訊かれた日出はノータイムで首を横に振った。七人きょうだいである以上、家には動物にかける金なんて一銭もなかった。それでも昔は欲しがったものだ、双子の弟の水面と一緒に犬を飼いたいと喚いた記憶がある。年相応だったなあ。
「のでさんにもそういう頃があったんだ……」
「誰だってあるだろ。おもちゃ欲しがってダメって言われて、でもみんな持ってるんだもん~、とか言って駄々こねたり。みんなって誰だよ、って今更ながらに思う」
「母数が少ないから、みんなイコールひとりとかだったりするよね」
「いや友達いなかったから、そもそもみんなとは? っていう」
「あ、そういうこと⁉ や、なんか、ええ……ごめんなさい……」
「仕事してたから当然と言えば当然だけど」
かつては子役として名を馳せていた佐々木兄弟だ、幼少期の記憶は学校やレジャーより仕事で埋め尽くされている。今の方がよっぽど遊んでいるな、と思うくらい昔は仕事一色の生活だった。良いことだと到底思えないが、友達はいた方が良いし遊びに行った方が良いに決まっている。
「流石に今はいるよ、友達」
「そりゃそうだろ……いないって言われたら俺が傷付く」
「みなさん、こちらがマイフレンドのえいちゃんです」
「誰に言ってんの?」
三つ年下の友達、友達でメンバーだ。改めて言うと少しむず痒い、と日出は顔をしかめた。
気を取り直して、と桐生の方を向く。視界の端で雑誌のスタッフの動きが大きくなった。もうそろそろ撮影が始まるのか、今日は一体どんなことを訊かれるのか。イメージトレーニングを軽く行い、日出は桐生と目を合わせた。
「飼わないの?」
「……飼うとして、世話できる人いないじゃん。全員忙しくて」
「ある程度放置でも大丈夫なんじゃない?」
「文鳥はデリケートだから。駄目だよ、軽率に飼うなんて真似は」
「それはそうだ」
「ひとりぼっちにさせるのも可哀想だしね」
桐生は言いつつ日出の肩に手を回す。そのまま、されるがままに引き寄せられる日出。別に寂しくないのだけど、ひとりぼっちでもないし、と言いかけてやめた。何となく意図を察せてしまったからだ。
「そうだな、まあ俺はメンバーがいるから寂しくないんだけど」
「あ、そうなの?」
「……それを言ってもらいたかったんじゃないの?」
「何も考えてなかったんですけど……ありがとうございます?」
「離せ、どけ、半径五十メートル以内に入るな」
「勝手に勘違いしておいてその扱いは酷くない⁉」
「うるさあい」
日出は桐生の腕を押しのけ、スタッフの輪の中へ入っていく。実際撮影準備は終了し、あとは撮るだけなので日出の行動は正解だ。ただその前のやり取りのせいで『逃げた』という印象が強くなってしまった。
っていうか耳赤かった気がする、と桐生は思ったが結局そのことは黙殺することにした。だってもし誰かに漏らしたら後が怖すぎるから。
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