第31話竜守3572号、崩壊開始
ディガ・ヴィニカと名乗ったリザードマンの巨躯が浅瀬に沈むのを見届けてから、ようやく俺は構えを解く。
勝利は必定。たかだかリザードマンに敗北なんて許されるはずがない。勝利に喜びなどなく、人々の安寧を脅かす牙を一つ砕いたという安堵だけ。この戦いで得るのは、それだけで十分だ。
「……」
喋るモンスターとの戦いが何よりキツい。竜守家から縁を切った叔父の言葉が今になってよく沁みた。それでも地上を楽園と盲信するコイツらは、ただの侵略者だ。言葉は通じても対話は不可能。それが過去に2度、対話を試みた人類の教訓である。
「よくやったの。涼太」
そして、そんな俺の葛藤を慰めてくれるのはヴァニの労いだった。正義とか悪とか、そんなことがどうでも良くなるくらいの「正しさ」が彼女の言葉にはある。よくやった——そう彼女に評価される程には、ディガは強敵で俺の行いはヴァニに認められたのだ。
「それが俺の仕事だからな。そっちこそ、他のリザードマンから襲われなかったか?」
「それがトカゲ1匹出ぬ有様での。もしかして我ら舐められとるのか?」
……増援が来ない? 連中、地上には群れて出てきたのに、俺たちの迎撃はディガだけに任せたのか。
なまじ知力があるだけに油断はできない。加護を受けているのがディガだけ、という判断を下すのは尚早だろう。たとえば、ディガは揺動で本隊は地上に進行中、とか。
まあ、それなら問題ないんだけど。竜守家だって1人じゃない。
「どうせ逃げ場はないだろ。出入り口は小鈴が待機してるし、奴らはダンジョンコアを死守しなきゃならないはずだからな」
「……ふむ。それもそうか」
「なにか違和感でもあるのか?」
「ああ、いやの。竜絡みだと確信はあるんじゃが、それなら涼太を殺すために姿を現すものと構えておっただけよ。どうやら我の見込み違いだったようじゃな」
「……そういえば、このリザードマンの主は幻影竜アブードって言っていたな。心当たりあるか?」
幻影竜アブード。天を冠する竜種のみがこの世界に存在するが、「幻影」とは寡聞にして知らないな。
その名前を聞いたヴァニは「ふむ」と顎に手を添えて目を閉じる。思い当たる節でもあるのだろうか。
「我もアブードの名は知らぬが、幻影ときたか。レア度でいえば我を100万課金しても出てこない
分かりやすいようで分かりにくいゲームでの例え話はやめてほしい。
「……強いのか?」
「うーむ。個体による、としか言えんのう。ただガチガチの戦闘特化ではなく、搦手を得意とするドラゴンじゃな。隠れんぼと狡猾さで勝てるドラゴンはそう多くない……というのが我の印象じゃ」
「隠れんぼて」
生存競争の激しい竜社会で隠れんぼなんてほのぼのとしたワードを出すなよ。
ドラゴンの社会はよく分からないが、強い弱いの力関係は生まれているらしい。例えば、轟天竜とあるように、天を頂点として下に幾つかの階級が続く。尤も、その大半は竜界と呼ばれる世界に存在し、天に至ろうとするドラゴンのみがヴァニの庇護の下、この世界に存在を許されている。
まさしく、轟天竜ヴァニフハールこそがドラゴンの中のドラゴン。……という実力はあるんだけど。その実力が人目に晒されることはまずないから、我が家でヴァニの評価は満場一致でぐうたらドラゴンに落ち着いている。
「なんか陰湿そうなドラゴンだな」
「言葉には気をつけるんじゃ、涼太よ。オブラートに包まぬ真実は、ときにドラゴンさえも傷つけるからの……」
「なら否定しろよ、そこは」
普段の行いはともかく、彼女の言うことは基本的に間違いはない。ことシリアスな場面では、聞けばしっかりと答えてくれる。しかし、今回の幻影竜の評価を端的に纏めると「陰湿」の二文字しか浮かばないのが残念なポイントだ。
「あの、涼太くん……」
どこか遠慮がちにカノンさんが声を掛けてくる。その表情には申し訳なさと、僅かな怯えを感じる。
……竜守家の戦闘を見た人間の反応は、概ね二つ。一つは感謝や感嘆、竜守市に長らく住む方々はこちらに分類される。そしてもう一つは、畏怖。どうやらカノンさんは後者だったようで。
「ごめん、カノンさん。怖がらせちゃって」
「いえ、そんな! 涼太くんは竜守家のお役目を果たしただけじゃないですか!」
「いや、それはそうなんだけど。怖いなら怖いで大丈夫だよ? 慣れてるから」
人生慣れが肝要だ。どれだけ頑張ったって全人類に愛される人間になんてなれやしない。……さすがに知り合ったばかりの女の子に嫌われるのは、正常な男子高校生としては傷付くものがあるけれど。こればかりはどうしようもない。
「……慣れちゃ駄目ですよ。人から嫌われることも、モンスターを殺すことも」
カノンさんの絞り出すような声に耳を傾けて、静かに頷く。彼女が言いたいことは分かった。分かった上で、浮かぶ感想はただ一つ。
そんな言葉、俺には必要ないんだ。
「慣れないとみんなを守れなくなるからね」
竜守家のお役目に必要なのは壮健な肉体に、不屈の闘志。それさえあればドラゴンが相手だって戦える。そう自分に言い聞かせて戦い続けて、ここまでやってきている。
はっきり言って、ヴァニと竜守市に住む人たちのことだけでいっぱいいっぱいだ。自分のことなんて、健全な高校生活が少しでも味わえてるだけで恵まれてる。
だから、竜守家の人間として。そういったことは、自分なりに折り合いをつけているつもりだ。
「相変わらず不器用じゃなあ。涼太よ、そういうときは『なら君がこの傷付いた心を優しく包んでくれ……』くらい言えんとのう。今日日、ラノベの主人公も務まらんぞ?」
「お前は俺に一体どんなキャラ付けしたいわけ?」
頓珍漢な発言も大概にしろ。
見れば、カノンさんが両手を大きく広げて両目をギュッと瞑っている。えっと、これは?
「や、優しく包めばいいんですか!?」
「おお、これが据え膳……。涼太よ、竜守家長男として食わねばならん皿が出てきおったぞ。疾くいただきますと言うがよい」
「据え膳っていうかオーダーミスだから。これ以上余計なこと喋ってみろ、今後出すエナドリは水割りだからな……!」
ディガとの戦闘以上に心拍数上がったわ。なにしてくれてんだ、このぐうたらドラゴンは。
カノンさんもカノンさんだ。まさか護衛対象かれ社会的に殺されそうになるとは思わなかった。これは神が俺に「人に嫌われることと殺生に罪悪感を持つことに慣れるな」と言っているのか。……まあ、俺が信仰しているのは轟天竜ヴァニフハール。当分、宗旨替えの予定はないから聞かなくてもいいだろうが。
「そうそう、馬鹿をやっていて言うのを忘れておったんじゃがな。この空模様を見よ」
「ん?」
ヴァニに促されるまま、俺とカノンさんは視線を上にやる。
それは、空を模した偽りの天がある。つい先ほどまで、外と変わらぬ晴天だったはず。しかし、今はそれが虚構と言わんばかりにひび割れ、ところどころから黒い何かが溢れている。
「涼太よ、この現象を何と見る?」
「何と、って——」
ヤバい。この現象は初めて見るものだが、しかし直感で理解した。
「ダンジョンが崩壊しているのか!?」
ダンジョンの崩壊。それは、ダンジョンコアの破壊に伴って起きる現象である。
「うむ。我と同意見のようじゃな」
「なんで、まだ私たちダンジョンコアを破壊してませんよね!?」
そう。俺たちはまだダンジョンコアを破壊していない。
「まさか——」
またなにかしでかしたのか。訝しむその視線をヴァニに投げれば、彼女は慌てて首を横に振った。
「そこで我を見るのは違うじゃろ! 我はまだなにもしておらん! 多分!」
「やってないなら自信を持って否定してくれ! あと、まだとか言うな!」
頼むから、しでかすフラグだけは作らないでくれ!
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