第23話東雲カノンと竜守バスターズ
命の恩人に呼び出されたと思ったら、ダンジョン配信をやっていました。言っていて自分でも状況はよく分かっていません。
ただ分かっている状況は、ここが竜守3752号ダンジョンと呼ばれていること。道はほとんど水没していて、踏み場が悪ければ簡単に転びそうなこと。そして、前を歩く男の子と彼に抱き抱えられている女の子が、この竜守市で最強の存在であるということ。
……2人とも、私と同い年か少し年下くらいに見えるけど。少なくとも、ヴァニさんは人間とは違う存在だと涼太くんが語ってくれました。
轟天竜ヴァニフハール。彼女はこの竜守市を守護する竜であり、竜守家が守護する竜であるらしいです。
——そんな人たちがどうしてダンジョン配信者なんかやるの? その疑問に涼太くんはとても困った顔で「色々あってね」とはぐらかしました。きっと聞かれたくないことだったんでしょう。ただ、その「色々」に含まれる事情のお陰で一昨日の私は助かった。その事実だけは誰にも否定できないはずです。
竜守4号ダンジョンでの出来事はまさしく悪夢でした。S級冒険者が4人、為す術なく蟻の群れに蹂躙される様は、私に引退の二文字を考えさせるのに十分な材料でした。今もこうしてダンジョンに足を踏み入れているのが自分でも不思議です。
なんであんな危険なダンジョンで冒険しようと思ったのか。他人より顔が良くて、ちょっとダンジョン配信したらバズっちゃって。でも、危険なことはしたくない——そんな私の心を見透かしたように、登録者数は増える傍らで私を追いかけて視聴してくれる人たちは減る一方だったから。
なにか起爆剤になるものを。マネージャーのその言葉が暗に「危険なダンジョンに行け」と言っていることは分かっていました。同期でB級冒険者になっていないのは私だけ。視聴者数よりも安全を重視した配信だったことは、側から見ても分かりやすかったはずです。
再三に渡る運営の要求に断れなくなった私が選んだのは、竜守4号ダンジョン攻略という選択でした。……勿論、運営の皆さんが私を殺そうとしたわけじゃありません。S級冒険者4人を雇う金額が端金でないことくらい、私にだって分かります。
本来、ダンジョン攻略で私たちは冒険者に護衛依頼をするんですが、マネージャーは「竜守さんとコラボなら必要ありませんね!」と反省しているんだかしていないんだか、よく分からないテンションで私の背中を押しました。あと「絶対にコネクションを作ってね!」と怖いくらい血走った目で釘を刺してきたことも忘れていません。
"もしかして緊張してる?"
"ヴァニ様とか竜守家の話聞きたいなー"
"カノンちゃん、2人にもっと絡んで!"
いや、いやいや。話せってなにを話せばいいの!?
配信が始まれば、ダンジョン配信者としてのスイッチが入る。それさえ入ってしまえば、いつもはスラスラと口が動くのに。
「好きな食べ物じゃとお? エナドリ、ポテチ、その他諸々健康に悪そうなスナック菓子類じゃ! あとは漫画飯やゲーム飯も外せんな! カリオストロのスパゲッティは絶品じゃぞ?」
「いや、あの、本当に竜守市にお住まいの皆さんは無理に奉献しないで下さいね? ヴァニ、いい子だから少しは自重しような?」
「うぉい! 聞かれたから答えたまでじゃろうが! 我は悪くなかろう!?」
なんか私抜きで会話が盛り上がっているし。あの輪の中に入るの?
「む。カノンよ、お主もなにか我らに聞きたそうじゃな。よいぞ、なんでも答えてやろう」
「え、ええ……?」
空気を察したヴァニさんが話を振ってくれました。デビュー歴では圧倒的に私の方が上なのに、この余裕の違いはなんでしょうか。
「じゃあ、一番気になっていたことなんですけど……今回、竜守3752号ダンジョン攻略で私とコラボした理由ってなんですか?」
「なんじゃ、そんなことが気になっておったとは。我の気まぐれ……というと納得せぬか。むむむ……」
涼太さんに抱えられたまま、ヴァニさんは顎に手を添える。
「まあ、第三者から見れば打算的な部分が見えるかもしれないけれど。カノンさんを誘ったのは、ヴァニがそうしたかったからだよ。あまり深く考える必要は多分無いかな」
放送事故一歩手前まで保った、ヴァニさんの沈黙を見かねた涼太くんが答えてくれました。
「そうじゃそうじゃ。我のすることは深く考えるな。すべて竜守に住まう者たちが健やかな営みを為すためのもの。意味があるとすればただそれだけよ」
「な、なるほど……?」
なんだかすごく良い事をヴァニさんは言ったつもりらしいけど。涼太くんにお姫様抱っこされたままでは、なにを言っても威厳が感じられません。
すごい、と言えば涼太くんの方でしょう。この悪路の中、ヴァニさんを抱えて歩いているのにこれっぽっちも疲れた様子を見せていませんから。まるで重機のようにズカズカと歩いて、時々転びそうになった私を助けてくれる……いや、助けてもらったときに薄々とは感じていましたけど。どんな身体作りをしているんですか?
「えっと、それじゃあ次に。コメントで質問があったんだすけど、涼太くんは普段どんな仕事をしているんですか?」
「仕事って……。俺、一応高校生なんだけど」
コメントを読む前に気付くべきでした。涼太くんは私と同じ高校生、就労の義務はなく強いて仕事の位置すべき場所には学業がありました。
「仕事、というかお役目なら。竜守市に出た危険なダンジョンの探索、冒険者の救助、S級試験の実技を見たり……あとはまあ、こういった雑事ですね」
こういった雑事、と言いながら涼太くんはヴァニさんを軽く持ち上げる。……ああ、そういう。
「おいこら涼太。我に構う重大なお役目を雑事にカテゴライズするとは良い度胸じゃな」
「嫌なら日々の習慣を改めろ。お役目はこんな感じかな。あとは学校に行って勉強して……普通にバイトとか部活で忙しい高校生と変わらないと思うけど」
淡々と語る涼太くんに、やはり疲労の色は見えない。
「いや、いやいやいや! 普通の高校生、そんなに忙しくないと思うよ!?」
「……? またまた。ほら、あるじゃないか。青春とかアオハルとか。部活に色恋に友達の付き合いとか、こう言語化し辛い忙しさがさ」
「青春とアオハルはほぼ同じ意味じゃな」
ヴァニさんはツッコミを入れるが、そこじゃないと思う。
涼太くんは青春のなんたるかを、きっと誤解しています。そんなフルスロットルで高校生活を謳歌する人間なんていないはず。部活に恋、友達と遊びに行くことなんて、高校生活の合間に挟まるちょっとしたイベントですからね。
だけど、涼太くんは竜守家のお役目という重大な役割を熟す合間に、僅かな自分の人生を過ごしている——そんな逆転現象を、彼は当然のように受け入れていました。
「なら今度はこちらから質問といこうかの。カノンよ、ずばりダンジョン配信者とは普段なにをするものなんじゃ? 30万人が登録者してくれたがの、こう見えて我らのデビューは一昨日じゃからなあ!」
「アピールせんでいいことを強調すんな。いや本当に右も左も分からないから、なんかこう、良い感じのアドバイスとかないかな?」
2人は私になにかを期待したような目で見てくる。……この2人にアドバイスとかいるのかな?
「アドバイス、ですか。えっと、人にもよると思いますけど、強い人はモンスターを倒したり、料理が得意な人はダンジョン料理を作ったり……お話が上手な人は、あまり危ないことをしなくても見てもらえたりしますね」
当たり障りのないアドバイス。言っていて、私のダンジョン配信歴が時間ほど濃いものじゃないことを嫌でも自覚してしまいます。
「……困ったのう。涼太よ、我ら全部できてしまうな?」
「傲慢にも程があるだろ……!」
「ふむ、では一つ一つ見ていこうではないか。まずはそうじゃな、蟹狩りといこうかの」
その意味深なヴァニさんの言葉を理解するのに、2秒。状況を理解するのにもう1秒掛かりました。
ダンジョン内で、3秒もぼーっとするなんて殺してくださいと言うようなもの。事実、私が先程までいた場所は、大きくて鋭利な蟹の鋏が空を切っていました。
私がその鋏を回避できた理由は単純。涼太くんがヴァニさんを放り投げ、空いた手で私を抱えて宙に舞っていたからです。
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