第24話ギロチン・クラブ

「うぉいっ! 我を乱雑に扱うでないわ、この罰当たりもんが!」

「はいはいはいはい! 俺が悪うございましたね! 苦情は後で受け付けるから集中してくれ!」

「涼太くん! 蟹、蟹がッ!」


 右から左へ忙しい。状況は芳しくなく、俺たちの周囲は蟹で囲まれていた。

 それもただの蟹じゃない。人間より二回りは大きく、右手の鋏が異常に発達した蟹だ。

 シャキンシャキンと刃を閉じたり開けたりする様は、間違いなく威嚇。俺とヴァニはともかく、あの鋏で挟まれたら間違いなくカノンさんの身体は真っ二つになるだろう。


 誰が名付けたか、ギロチン・クラブ。なるほど、あのデカい右手の鋏を断頭台に見立てたわけか。最高に趣味の悪いネーミングセンスだと思う。


 図体の大きさに反比例して、動きはトロい。俺だけなら問題なし、ヴァニと俺なら余裕、しかしそこにカノンさんが入ってくると難易度は急に跳ね上がる。


 B級と聞いて半ば覚悟していたことだが、彼女の反応速度があまりにも遅い。俺が引っ張っていなければ、カノンさんは今頃首の無くなった自分の胴体を見ていたことだろう。そこら辺を考慮しなければ、竜守の名前に傷が付く結果になるだろう。


 ……まあ、いつも通りというわけだ。


 蟹どもが群れる隙間を、俺は足捌きだけで凌ぐ。磯臭い蟹の臭いに鼻を摘む暇さえない。回避と防御に専念し、カノンさんに傷一つ負わせることなく安全圏へと離脱する。


「ヴァニ!」

「物を頼むなら先に我の機嫌を取るが良いわ!」

「エナドリ10本!」

「よし乗った!」


 必要な言葉は最低限に。上空で翼を広げて滞空するヴァニに向かって、俺はカノンさんを放り投げる。

 

「きゃあああああっ!?」


 悲鳴が出るってことほ元気な証拠だ。カノンさんが半泣きでヴァニに回収されるのを見届けると、俺はフリーになった両手で構えた。


 掌底を前に。殺傷を目的とした俺の打撃は装甲が硬くても問題ない。むしろ衝撃の逃げ場が無くなる分、内部を破壊する威力は装甲の硬さに比例して上がる。


 俺より構えを理解していない蟹どもは、ご自慢の鋏を開いては閉じている。


「チョキならパーに勝てるってか。やってみろよ」


 悪いがこの一撃は重装甲、外骨格系には覿面だぞ。

 馬鹿みたいにデカい鋏を掌底で打ち抜く。瞬間、ボコボコと鋏が膨らんだ。

 ご自慢の鋏が閉じなくなって困惑したのか、蟹の目が大きく動いた。——当然だ、今の一撃で鋏の中の筋肉をズタボロにしたからな。


「ぬわああああっ!? 涼太、その技を使うでない! その蟹は食材なんじゃぞ!?」

「食材である前にモンスターなんだが!?」


 幸い、ギロチン・クラブは物騒な名前の割に(いや、物騒であることに変わりはないが)有毒性のモンスターじゃない。食えるか食えないかでいえば、多分食えると思うけど……え、食うの? これを?


 食うのであれば俺の掌底は相性最悪だ。この掌底で殺した蟹の中身など想像は容易い。殻を剥いたら食欲減退色も真っ青の、ぐちゃぐちゃになった身が出てくるはずだ。


 見栄えよく殺す。そんな術は習ってはいないが、今の俺は竜守家長男でありダンジョン配信者だ。ヴァニが手ではなく口を出してきたということは、彼女では対象が小さすぎてできないということだろう。


 なら、俺がやるしかない。


 鋭く、さらに鋭く。意識するのは掌底ではなく、小指側の側面、指先、親指の背。それぞれ、手刀打ち、貫手、背面打ちに用いる部位だ。

 

「——シィッ!」


 食いしばった歯の間から漏れた空気が音を切る。甲殻、切断。内臓、切断。——結論、この程度の装甲ならば斬殺に仔細なし。


「これでいいか! ヴァニ!」

「おお、さすがは涼太じゃ! やればできるではないか!」

「やって思ったんだが、これ引きちぎって殺した方が楽じゃないか!」

「待て待て待て! ヴィジュアルが最悪じゃから絶対にやったらいかんぞ!?」


 今更じゃないか? とは思うが。倒し方に気を使わないといけないとは、ダンジョン配信者も楽じゃないな。


「抜かるなよ、涼太。ここは彼奴らの言わばホームじゃ。アウェイにいるのは我らということをゆめ忘れてはならんぞ」

「慢心するつもりはないが、コイツら——」


 これっぽっちも怯みやしない。本来、戦いで圧倒的な力を見せつけられたモンスターは、大半が逃げ、ごく少数が死んだフリをする。言ってしまえば、生存本能に従った術をなにかしら持っているはずなのだ。


 それが、ない。あのアーマード・アーミーアントのように、数に物を言わせてですり潰してくるような物量があるわけでもないのに、ギロチン・クラブは一向に退く気配がなかった。


「そういう生態なのか? いや、これは……」


 疑問を口にするより先に、残っていたギロチン・クラブの鋏が妙な動きをした。大きく開き、その中心部でなにかが収束していく。これは——!?


「そんな、魔法!?」


 カノンさんのその言葉が現実となって俺の身に放たれた。

 無色透明の水弾が四方八方から降り注ぐ。大きさはまちまちだが、平均してボウリング球ほど。人体を破壊するのに質量、速度共に申し分なし。無色透明なのもあって、瞬時に回避するのは困難。遠近に死角なし、とでも言いたげだな。


 何発か浴びてそう判断する。竜守家の人体であれば問題ない。これならまだ小鈴の手で作った水鉄砲の方が痛いくらいだ。


「手品は出し尽くしたようじゃな。もう仕留めよ」

「たかがモンスターにそう何度も魔法をポンポン使われてたまるか。言われなくてももう終わらせてやる」


 濡れた前髪をかき上げて、ヴァニの言葉に応える。両手の手刀を存分に振るい、蟹をバラす。


 呑気にダンジョン配信のことを考えて、こんな戦い方をしてはいるが。反面、俺の頭はある疑問を浮かべていた。


 例えば、マングローブ林のそこかしこに付いた刀傷。そして、同様の傷がこのギロチン・クラブの甲殻にうっすらと、しかし無数に付いていること。


 ……俺との戦いで付いた傷じゃない。手刀の傷は一刀両断したもののみ。こんな浅く中途半端な傷が付くはずもない。


 じゃあ、この傷は誰につけられた?


「こそこそと覗き見とは趣味が悪いな、トカゲ野郎」


 挑発を込めて喋ってみるが、反応は小さいものだった。遠くに生えた、マングローブの葉が僅かに揺れるのみ。……あそこにいやがったのか。


 追撃すべきか? 逡巡する。


「よい。今は見逃せ。行く場所は検討がつくじゃろ」

「……はいはい、料理ね。全く、思うように動けないダンジョン配信者は楽じゃないな」


 ヴァニに抱えられ、状況がまるで分かっていないカノンさんを一瞥して俺は小さく息を吐く。

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