第25話蟹料理は宝物庫を開く

「なるほどの。甲殻は分厚めの鉄板よりちょい硬め、天然の塩味がよいアクセントじゃ。身はぷりぷりで蟹本来の旨味が濃厚じゃな。発達した鋏の中はぎっしりと肉が詰まっていて歯応えがあり、地上の蟹とはまた違った趣があるの。おお、これは……うぇ、涼太の掌底でぐっちゃぐちゃになっとるわ……ハズレじゃな。ところで涼太、我ってば生でムシャムシャ食っとるが、これって寄生虫がいたりせんよな?」

「だから止めたんだろうが、この食いしん坊ドラゴン! なんで食ってから正気に戻ってんだよ!?」

「いや仕方なかろう!? 朝食から何時間経ったと思っとるんじゃ!」

「まだ3時間も経ってねえわ!」

「十分じゃろが!」


 なんで逆ギレされてんだ、俺。

 平らな岩にどっしりと尻を置いて、バリバリと殻ごと蟹を頬張るヴァニは、それはもう豪快な食べっぷりを見せている。それも生食でだ。


 普段はちゃんと火の入った料理を食べているだけに、寄生虫の類には気を付けたい。ええと、淡水はヤバくて海水はセーフだったか? ここは汽水っぽいけど、汽水に生息する蟹に寄生虫はつくんだっけ? そんな普段考えないことをスマホで検索しつつ、「ヤバいかも」という結論に至ったときには後の祭りだった。


 食ってるんですけど。ウチのドラゴン、生で蟹食ってるんですけど。なんだったら食レポまでしちゃってるんですけど。


「まー、我の腹は頑丈だから大丈夫じゃろ。大昔は湖を飲み干してもなんともなかったしの。よく考えれば今更な話じゃったな!」


 はっはっは、と笑いながらヴァニはちゅるんと殻から蟹の身を引っ張りだして食事を再開した。画面の前の良い子が真似しないことを祈るばかりだ。


「つか、料理するんだろ。そんなに食うなよ」

「みなまで言わんでも分かっとるわ。我にしては珍しく残しておるじゃろうが」


 料理配信がしたいと言うから、わざわざ手刀で食材になりそうな部位を傷付けずに仕留めてやったと言うのに。

 あれだけ仕留めたギロチン・クラブは、その9割以上がもうヴァニの胃袋に入ってしまった。もうダンジョン配信者じゃなくてフードファイターになったらどうだ。


 俺とカノンさんはといえば、鍋を火にかけてお湯を沸かしていた。「戦闘は涼太くんに任せっぱなしだったから、ここは任せて!」と包丁を持ったカノンさんだったが、程なくして帰ってきてしまった。曰く、「包丁が入らない」とのこと。……そりゃそうか。


「ごめんね、涼太くん。足手まといで……」

「いや、全然。手伝ってくれるだけで嬉しいよ」


 煮立った鍋の中をお玉で回す様はどこか哀愁を誘う。いや、鍋に入れたギロチン・クラブを見てくれるだけで十分助かってるんだけどな。

 なにせ、どっかの燃費最悪ドラゴンは手伝ってくれないからな! そんな怒りの視線をヴァニにぶつけてやれば、俺の気なんて知らずにエナドリを呷っていやがった。


「かーっ! 鼻から抜ける炭酸に混じった高麗人参エキスのなんとも言えんエグみ! 舌の上にしつこく残る甘味! のう涼太、空きっ腹にぶち込むには少々劇物すぎんか、この新発売のドラゴンブレス!」

「あれだけ食ってまだ空き腹かよ……!」


 食いしん坊ってレベルじゃない。まあ、生まれてからずっと、ヴァニと一緒に生活しているが彼女の限界を俺は知らない。


"鉄板並みの硬さ食えるんか……"

"いっぱい食べる君が好き"

"さりげない新作エナドリのレビュー。俺じゃなきゃ聞き逃してたね"


 視聴者たちにはなんか受けがいいし。見た目が綺麗だからって騙されないでくれ。


「すごい食べるんですね、ヴァニさんって」

「当然じゃな。我は轟天竜ヴァニフハールじゃからの。むしろカノン、お主は食が細そうじゃな? いかんぞ、細いのは。我はむっちりした方が好みじゃ」

「む、むっちり……?」


 おい。


「ヴァニ?」

「じ、冗談じゃよ? ドラゴンジョークじゃから、そうマジになるでないわ」

「……はあ。じゃあ、味噌と豆腐。あと長ネギをくれ」

「なんじゃ、味噌汁か。腹に溜まらんぞ?」

「まだ昼には早いからな。ヴァニも食べるんだろ」

「無論じゃ」


 何気ない会話のつもりだったが、カノンさんはふとその疑問を口にした。


「え、ヴァニさんはなにも持ってきてませんよね?」


 そう。ヴァニは着の身着のままダンジョンに挑んでいる。俺でさえ、服は普段着だがザックに飲料水とキャンプ用品を背負い込んでいるというのにだ。


「ククク。そうとも限らんぞ?」


 言うや否や、ヴァニはパチンと指を鳴らした。

 その瞬間、どこからともなく扉が彼女の目の前に現れる。

 華美な装飾はなく、ただただ重厚。人が潜るにはあまりにも大きすぎる門扉が、物言わぬ巨人の口のように開く。

 その内部は、見事に金で装飾された豪華絢爛を体現した空間が広がっている。その床に転がるのは、幾つもの財宝。……ちらちら見える美少女フィギュアに目を瞑れば、そこはまさしく御伽話に出てくる宝の山であった。


「——な」

「そう驚くでないわ。竜とは宝物を守る者ならば、我とて宝物庫の1つや2つ、持っていても不思議じゃなかろう?」


 などと格好を付けてはいるが。その実態は我が家の巨大冷蔵庫だ。なんでもこの宝物庫に仕舞っておけば、その一切が状態変化しなくなるという。聞けば、大昔は飢饉に見舞われた際、仕舞っておいた十数年前の米を出して竜守に住まう農民たちを救ったとか救ってないとか。その真偽はともかく、保存効果は折り紙付きだ。今では馬鹿みたいに食べるヴァニと竜守家の食卓を支えるために、なくてはならない倉であった。


「ただの冷蔵庫開いてドヤるんじゃないよ。ほら、焚き火だから火加減できないんだよ。水気が飛んで行く前に、早く味噌と豆腐とネギをくれ」

「お、お主! 我が宝物庫を冷蔵庫呼ばわりじゃと!? 涼太のそういうとこ、我どうかと思うんじゃが!?」


 今は我が家の冷蔵庫の見せ場よりも、味噌汁の出来が重要だ。カノンさんが一生懸命アク取りしてくれている間に、ネギと豆腐に素早く包丁を入れる。


 朝の献立にでる一品ということもあって、味噌汁の作り方は簡単だ。出汁はギロチン・クラブだけですでに特濃、味噌の量を適量にして、ネギを多めに入れれば——はい。完成だ。


 元の蟹が具として大きいだけに、少々見栄えは不恰好だが、長ネギの青い部分で彩りを添えておく。うん、我ながらスマホで見て即席で作ったにしてはよくできてるんじゃないか?


「あっという間に……すごいですね! 涼太くんって、普段お料理とかするんですか?」

「いや、それほどでも」


 少しズルをした気がしないでもないが。こうして褒められるのは、なんだかんだ悪い気がしなかったりする。


「ぬわぁーにがそれほどでも、じゃ。直前でいそいそとスマホを見ていたの、我は見逃してはおらんぞ?」

「……」

「ククク。お返しじゃ」

 

 ニヤリと悪戯っ子のように笑うヴァニに、俺はそっと豆腐とネギだけがたっぷり入った味噌汁を渡す。


 さっきまでたらふく蟹を食べたんだ、ヴァニにはこれで十分だろう。

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