第22話轟天竜、初めてのコラボ配信

 初めて入るダンジョンは、いつだって緊張する。竜守3752号ダンジョン。踏み込んだその場所は、竜守4号ダンジョンによく似た環境であった。


 ぱっと見ただけで分かる森林系だ。背の高い木に潮の臭い。……マングローブか。根が地中から浮き出た奇妙な木々は、沖縄の旅行番組で見たそれによく似ていた。


 色々と特筆すべき点は多いが、最も五感に訴えてくるのはその悪路だろう。ぬかるむどころか膝下まで水に浸かった地面は、少しでも気を抜けば足を取られそうだ。汽水域独特のダンジョン産小魚が、さっきから何匹も股の下をくくりぬけている。


「歩き甲斐のあるダンジョンじゃの。転ばぬよう気をつけるんじゃぞ、お主ら」

「そういうのは自分で歩いてから言ってくんねえかな」

 

 偉そうに話すヴァニの声は、俺の腕の上から聞こえる。いわゆる、お姫様だっこというやつだ。

 好きでこんなことをしているわけじゃない。この足元に広がる水面を見てヴァニがぎゃあぎゃあ文句を言うからこうしているんだ。お前、飛べるだろという俺の的確なツッコミは「アレは格好良い理由がなきゃやらん」と抜かしやがる。お陰様で両手が完全に塞がっているんだが?

 背負えばいいじゃん? その正論は尤もだし、俺もそう思う。が、ヴァニを背負おうと屈んだ俺の頭を、彼女はぺちんと叩いて「女心が分かっとらんの」とほざきやがったのだ。……コイツ、女心を便利な呪文だと思っていないか?


 それに女心と言えば——。


「カノンさん、大丈夫ですか?」

「は、はい! なんとか……」

 

 俺の一歩後ろで付いてくるのは、東雲カノンさんだ。先日、竜守4号ダンジョンにて俺とヴァニが助けたダンジョン配信者である。


 ……S級冒険者以外入れないんじゃ? その疑問は正しい。聞いたところによると、カノンさんの冒険者ランクはB級。竜守市が設定した竜守3752号ダンジョン攻略のための条件を、彼女はクリアしていないのだ。


 結論を言えば、竜守バスターズが独占配信をしていないという言い訳のための人身御供であった。


 誰でも良かった、というのが半分本音。ぶっちゃけた話、勝手に動いて危険な行為をしない人間1人であれば、あのリザードマンが何体来ようと守りきれるだろう。


 では、なぜ白羽の矢がカノンさんに立ったのか。顔見知りかつ、企業に所属しているダンジョン配信者を盾にしたいという思惑……それがヴァニにあったかどうかは知らないが。つまるところ、ヴァニが「気に入った」からであった。


 俺としてはそれに勝る理由はない。ただ、可哀想なのは東雲さんだろう。火曜日の午前中だというのに呼び出されたかと思えば、こんなジャングルみたいな場所を歩かされているんだから。


 いや、下心とか抜きに助けてあげるならカノンさんじゃないか。ヴァニなら適当に歩かせても、この程度の場所で彼女の身に降りかかる危険なんて考えられないし。


 その点、カノンさんはと言えば、だ。


「きゃあっ! ご、ごめんなさい!」

「くくく、気にするでない。せっかくのおべべが映る前より汚れていては見栄えも悪かろう。案ずるな、我の手の届くところにいる限り守ってやるからの」


 悪路に足を取られ、滑ること滑ること。そんなカノンさんをヴァニが暇している手で支える。


「これがエスコートというものじゃ。見とったか、涼太?」

「お姫様抱っこされてる奴が一丁前にエスコートとか言うんじゃないよ」


 腹立つわ。


「ふむ、ここらで良かろう。カノン、配信の準備はできておるか?」

「いつでも大丈夫ですよ」

「よし、では涼太。ブラックドラゴン・ヴァニカスタムを起動させるんじゃ」


 起動、なんて仰々しい言い方をするが、ただ起こすだけだ。ブラックドラゴン・ヴァニカスタム——このドローンの形を辛うじて(?)保っているクリーチャーを、俺はつんと指で弾く。


 すると、ブラックドラゴン・ヴァニカスタム——いや長いな、ブラックドラゴンでいいだろ——は、不機嫌そうに瞼を瞬かせてから翼を動かして舞い上がった。


 その隣では、カノンさんの至って健全なドローンがホバリングして、その小さなカメラを俺たちに向けている。

 

 なにが怖いって、ブラックドラゴンの生物的な眼球を通して見た映像が、ちゃんと俺のスマホに表示されているところだ。ヴァニの「改造前と変わらず配信できるのじゃ」という太鼓判を疑っていたわけじゃないけど。いや、本当にどういうカラクリなんだ?


「ほ、本当にあのドローンでも配信できるんですね……」


 カノンさんの驚きは尤もだ。


「正直キモいって笑ってもらったほうが気分は楽だけど。なんか、あのドローンにも感情があるみたいでさ。できるだけあのドローンの前で悪口を言うのはやめてやってね」


 機械の分際で感情を持つとは、と思うけれども。厄介なことにアイツの機嫌を取らないと映像がピンボケしたり、音にノイズが入ったりと不調を起こす。平時であれば改造前より映像も音も良いのが腹立たしい話である。


「うむ、では——こんヴァニじゃあっ!」


 ヴァニの珍妙な挨拶が、配信の開始を告げる。こんにちはとこんばんは、そして簡単なオリジナリティのある語句を組み込んだ挨拶だ。……たった2日目でかますのはどうかと思うんだけど。


"キター!"

"こんヴァニ!"

"我らがゴウテン様のお姿が見られる……"


「こんカノ! みんな、見えてるかな?」


 カノンさんは、さすがプロと言うべきか。さっきまでのぎこちない空気を払拭させ、まるでスイッチが入ったようにハキハキと喋り出した。


「(ほら、涼太。場を温めてやったんじゃからさっさと挨拶せんか)」


 ……え、これ俺もしなきゃダメなのか?


 ヴァニは「こんヴァニ」でカノンさんは「こんカノ」。分かる分かる、超分かりやすいもん。


 じゃあ俺は? いくつか案が思い浮かぶが、そのどれもがまず間違いなく地雷であることは目に見えた。口から出したら最期、俺のセンスはヴァニと同じかそれ以下になるだろう。


「こ、こんにちは?」

「お主ぃ。日和りおって。そこは"こん涼太"じゃろ。ほれ、もう1回」

「それだけは絶対にねーよ!?」


 人の名前をオチに使おうとするんじゃない。


"ヴァニ様お姫様抱っこされてて草"

"こんにちは、涼太様。ゴウテン様を濡らさぬ気遣い、さすがでございます"

"3752号ダンジョンの攻略ですね。お気をつけて下さい"


 しかも絶対、この配信見てる竜守市民の方がいるし。ある程度は覚悟していたけれど、もうちょっと隠す努力とかして欲しいんですけど!

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