第16話竜守ヴァニは謝らない
俺の買ったお高いドローンが謎のクリーチャーにされている件について。無機質だったカメラのレンズは、ギョロリとしたチャーミングな瞳に。ヘリを思わせたプロペラは、小悪魔めいた禍々しい翼に。ただのスタンドに至っては昆虫のような魅惑の脚線美を描いているではないか。
……困ったな。見れば見るほどキモい以外の感想が出て来ないぞ。
「……で? なんで大事なドローンがこんな化け物になってるわけよ? 俺、ドローンには触るなって言ったよな」
「うむ、言ったのう。しかし改造してはならん、とは聞いとらんぞ?」
「人間の何百倍も生きてるドラゴンが子どもみたいな言い訳をするなよ。……どうせ力加減を間違えてプロペラでも割ったんだろ」
我らが轟天竜ヴァニフハールといえど、その能力は全能じゃない。竜守市を守護してくれるドラゴンではあるが、その本質は基本的に破壊の方向へ針が向いているのだ。ゲームのコントローラーも月に2〜3回しか壊さないようになってきたが、それでもやはり咄嗟のことで本人の意思とは関係なく、人を凌駕した力を出してしまうことがある。
で。ヴァニは他人のものを壊した場合、決まってそれを素材にしたクリーチャーを生み出す。小さい頃に持っていたスーパー戦隊の武器が、まるで敵役の生物兵器みたいな見た目になったときは母さんに泣きついたものだ。ちなみに、自分で壊したゲーム機のコントローラーを直すことはしない。なんでも「ハードウェアチートになってしまうからの」ということらしい。意味分からん。
「はっ、舐めるでないわ。我が物を壊さぬよう、どれほど心を砕いておることか」
「じゃあ壊したわけじゃないんだな?」
「……か、勝手に壊れたんじゃ」
ぷいっと横を向いて、ヴァニはこれまたガキっぽい言い訳をする。……おいおい、耐久性と機能性に重きを置いた20万のドローンだぞ。竜に踏み潰されでもしない限り壊れないっつの。
「……まあ、壊れちまったもんはしょうがない。これ、前と同じく撮影はできるんだよな?」
「そこは問題なかろう! 見た目は少々奇天烈ではあるが、このドローンは自分で思考し撮影してくれるからの。そこらの自律AIとは比較にならんよ! おっと、カメラは繊細なパーツゆえ触ってはならぬぞ? その好奇心は理解できるがの!」
誰が生々しい眼球なんか触るかよ。
ヴァニの言葉に合わせ、主張の激しいドローン(?)の目玉が俺を凝視する。だから触んないって。
一先ず、配信活動に支障はなさそうで良かった。さすがの俺でも20万の配信機材が無駄になれば少し寝込む自信がある。
まあ、ヴァニがなにかを壊すことなんて今に始まった話じゃない。それによく見ればこのドローンだってどことなく——いや、やっぱりキモいだろ——こう、目を細めて少し遠くから見れば、なんとか可愛いと思えなくもないしな。
「配信できるならいいさ。それにちょうどネタになりそうなものは見つけたしな」
後ろ向きになるのは悪い癖だ。何事も前向きに。
ドローンが改造された、なんてことはどうでもいい。配信機材としての機能が損なわれたわけではないのだから。
竜守市唯一の大型スーパー、エツラクの駐車場にデカいダンジョンの出入り口が出現した。これは最悪だ。この町に住まう人々の生活インフラを滅茶苦茶にしやがって。
「おお、目星でもついたのかの?」
「目星もなにも、このダンジョンを速攻で攻略する。こんなものがあったら爺ちゃん婆ちゃんが車で来られなくなるからな」
はっきり言って目障りだ。竜守4号ダンジョンのように、市民の生活圏内から少し離れた空き地に湧く分には俺もそんなに目くじらは立たないんだけどな。
「助かりました、涼太様。早急のご支援、感謝します」
ガチャガチャと金属音を立ててやってきたのは、全身を甲冑で固めた女性冒険者だ。あちこちの鎧が凹んでおり、先程の戦闘で受けた損傷だろう、その激戦を物語っていた。
「いえ、こちらこそ遅れて申し訳ありません。お怪我はしていませんか?」
「はい。みな、怪我一つありません。これも涼太様の支援と日々のご鞭撻の賜物です」
……ご鞭撻、というほどのことはしていないんだけれど。
彼女は
女性にしては恵まれた体躯と、重い鎧を着込んでも息切れないスタミナは目を見張るものがある。あのリザードマンの猛攻を耐え抜く、A級相応の実力を持ち合わせた我が町の主力冒険者だ。
彼女に限らず、俺はお役目の合間に要望があれば手合わせをしていたりする。これも彼らの生存率を上げるためだから、これっぽっちも苦ではないのだが……年上の人にこうも慕われるのは、少々やり辛い。
「皆さんが無事であること、それ以上の戦果はありませんから」
「そうじゃぞ。しかし涼太ばかり褒められるのもちと納得いかんなあ。ほれ、ここにおるじゃろ? 今褒めるべき最大にして最強の功労者がのう!」
胸を張ってズカズカと俺と筑紫さんの間に割って入るヴァニに、歴戦の冒険者である筑紫さんも虚を突かれたようだ。
「すみません、涼太様。この子は?」
「えっ? ええっと……」
あれだけ翼を生やしたり、人間離れした回避をしていたのだけれど。……いや、そりゃそうか。あの激戦区でヴァニの動きに見惚れている暇などなかっただろう。
さて、どうしたものか。筑紫さんは生粋の竜守市民だ。そんな彼女に対して、ヴァニが轟天竜ヴァニフハールであると伝えるのは非常に危険である。
「くくく、我は竜守ヴァニ。またの名を轟天竜ヴァニフハールじゃ」
って人が悩んでいる間にコイツは勝手にバラすしさぁ……!
筑紫さんは一度、疑うようにヴァニの顔を見て、「冗談ですよね?」と苦笑いで俺の顔を見て、そして今度は青白い顔となってヴァニの顔を見直した。
「ご、ゴウテン様とは露知らず! 非礼をお詫びさせてください!」
「よいよい、我はそのへん寛容じゃからな! これ、手をついて頭を下げるでない。地面は汚いぞ?」
鷹揚に振る舞っているがこのドラゴン、人のドローンをぶっ壊した上で化け物に作り変えているからな?
こんな竜に律儀に土下座する筑紫さんがあまりにも可哀想だ。
「大丈夫ですよ。今、ここにいるのは轟天竜ヴァニフハールではなく、竜守ヴァニという俺の家族ですから。そこまで畏まる必要はありませんよ」
「そうじゃぞ。この姿は人と戯れるためにある。そう出会うたびに畏まられては肩がこって仕方ないからの」
「(じゃあ自分から正体をバラすんじゃないよ!)」
「(うるさいのう。ちょーっとばかり人に崇められたいこの乙女心を解さぬか、この唐変木!)」
それは乙女心じゃないと思うんだが?
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