第15話出入り口

 迷宮ダンジョンという人工物を彷彿とさせる名を冠してはいるが、その実態は超常の自然物である。


 人に恩恵を与える一面もあれば、人に害をなす一面もある。人への恩恵とは言わずもがな、その産物だろう。摩訶不思議な生態系や草木、鉱物を含めた資源が人の世にもたらしたものは計り知れない。

 反面、そこに住まうモンスターたちは一般人の膂力を遥かに凌駕した力を持っているし、突発的に出現するダンジョンの出入り口は人の生活をまるで考慮してくれない。


 ……なにより危険なのは、ダンジョンの出入り口を介してモンスターが地上に出現すること。ネズミ1匹ほどのモンスターでさえ、地上の生態系を崩すに足る脅威である。まあ、その程度であれば竜守が出張る必要はないんだけどな。


「状況は?」


 建物の屋根や壁、塀の上をパルクールで駆け抜けながら俺はスマホで状況を確認する。


『現在確認されているのは、エツラク周辺でリザードマン型の亜種が14——いえ、15体。脅威度は未知数の個体ですね。近隣住民の避難はすでに完了していますが……』


 通話相手は竜守市役所、ダンジョン管理課のオペレーターである。その声は淡々としてはいるものの、妙に歯切れの悪さがある。


「なにか問題が?」

『数十名のダンジョン配信者が現場に集まっています。恐らく、彼らに被害が出るのは時間の問題かと』

「おおう……」


 名前にもある通り、ダンジョン配信者の本質は冒険者ではなく配信者だ。冒険者はリスクを冒さず、強敵との戦闘は極力避けてダンジョン内の資源を持ち帰る。だが、ダンジョン配信者はその危険を画にしなければ視聴率は稼げない。


 竜守市を守る身としては、「もっと安全な方法で配信活動を」と物申すべきなんだろうが。つい先日、デビューと同時にバズってしまった俺が言っても説得力は無いだろう。


『それと……もう一つ、大変申し上げ辛いことがあるんですが……』

「なんでも言って下さい。現場の状況は少しでも詳しく知りたいので」


 オペレーターとしては高校生相手に現場の惨状を語りたくない心理もあるだろう。その気遣いはありがたいけれど、小鈴はともかく俺には不要だ。


『その、竜守ヴァニ様がすでに現場で配信活動をなさってるようなのですが……涼太様はなにかご存知なのでしょうか?』

「——なんですって?」


 ご存知なわけがない。今頃、アイツは家でアニメか映画でも流しながら、ソシャゲの周回をしつつ漫画でも読んでいるはずだ。


 そんなアイツが自分から配信活動をするなんて殊勝なことをするわけがない。今は乗り気になっているが、アイツが自主的に配信活動をする画が思い浮かばない。


「……諸々了解です。ヴァニがいる理由は分かりませんが、配信者には注意を促して下さい。冒険者の方は怪我をしないようお願いします。あとのことは竜守が片をつけます」


 イレギュラーはあるが、いつもとそう変わらない。


 エツラクの屋上にて周囲を見渡せば、すでに小規模の戦闘があちこちで勃発している。大鉈のような刃物に楯を持ったトカゲ男たちは、皆体躯が3メートルはありそうなほど大型で、人間と爬虫類を足し算して作ったような姿をしていた。そんなモンスターがエツラクの駐車場に発生したダンジョンの出入り口から次々と現れている。


 ヴァニは、といえば……いた。


「はーっはっは! 図体がデカい割に脳みそは小さいとみたぞ! そぅれ、我に一発でも当てて見せぬか!」


 デカい声で挑発しながら、リザードマンの注意を一手に引き受けている。人間離れした回避能力はさすがのもので、猫のように立ち回ったかと思えば、囲まれると同時に翼を生やして安全圏へ着地する——彼女のお陰で、周囲の被害は最小限である。


 ただ、それも限界が近い。ヴァニはその最中に攻撃行動は起こさない。いや、起こせないというべきか。なにせ、その一切の攻撃行動は敵も味方も巻き込む。その上、ある程度の損傷が許せるダンジョンとは違い、ここは地上だ。


 あと数匹でもダンジョンからリザードマンが這い出てくれば——この状況も崩れるだろう。


「ヴァニ!」

「む、遅い登場ではないか! 涼太よ、ヒーローのなんたるかを理解したようじゃな?」

「遅れてやってくるってヤツか? これでもすっ飛ばして来たんだけどな」


 徒歩で、だが。


「それより、なんでここに? 自分から動くなんてヴァニらしくないな」

「いっ、いやの? バズったとはいえ、我らは新参のダンジョン配信者じゃからな。鉄は熱いうちに打てというじゃろ?」

「……へえ、殊勝だな」


 絶対嘘だ。しかし、問い詰める時間はない。


「ヴァニは陽動を頼む。その間に仕留める」

「うむ、了解じゃ。我を働かせるんじゃから、頑張るんじゃぞ」

「言われるまでもないな!」


 ダンジョン内ではいざ知らず、ここには竜守に住まう人々の生活がある。ここ竜守市を害する者に一切の容赦はしない。


「ニンゲン! コロス!」

「ほぉ。喋る能があったんじゃな。大抵、喋るモンスターが相手じゃと冒険者は躊躇してしまうんじゃがな。しかし相手が悪かったの、蜥蜴男」


 言葉を喋った? だからなんだ。あの口が人間の言葉を模した歪な音を出しただけだ。知能があり、知性があり、感情があり、意思があろうと——竜守が守るこの場所を侵略した。それだけで十分。


「やってやるんじゃ、涼太」


 まるで、首輪を外された猛犬のように。俺はリザードマンに飛びかかる


 衝撃。

 快音、破壊。

 ——絶命の確認。続いて、2、3、4、5と流れるように数を増やす。


 個の能力は群れるアーマード・アーミーアントの数段上だが。あの蟻はその物量が脅威なのであって、個人的な厄介さでいえば蟻のほうが幾分上回る。


 結論。鏖殺に仔細なし。


「ヤレ! ヤツ、ツヨイ!」


 言葉が話せる。意思疎通も可能。普通の人間なら平和的解決も可能と考えるかもしれない。だが、それを考えるのは俺じゃない。


 竜守市を守る。この行動理念において、平和的解決などただの枷でしかない。


 言葉による連携が可能——となれば、司令塔を最優先に。


 ヴァニの陽動で上手く組まれない連携の間隙を縫いながら、俺は瞬く間に司令塔と思しきリザードマンの懐に踏み込む。


「ギッ——!?」


 掌底を叩き込み、速やかに臓腑の破壊する。次いで、モンスターが持つ《核》を拳で粉砕。これにて絶命だ。


 ばたりと倒れたリザードマンの死を確信したのか、仲間たちにも動揺が走る。その目、逃げるべきか仇を取るべきか迷っているな?


 悪いけど、竜守家はこの街のためならば鬼にでも竜にでもなれる。


 倒れたリザードマンの頭を踏み潰す。次にこうなるのはお前らだ——などというのは、言葉にするまでもなく伝わっただろう。


「モドレ! ツヨイ、テキツヨイ!」


 俺の殺意に気押されたリザードマンたちは、我先にとダンジョンの出入り口に帰ってしまった。……深追いの必要は、今はないか。


「なんじゃ、もう逃げおって。骨のない奴らじゃのう」

「市民に被害が出ないのが一番。それで? なんで出不精のお前がここに来てるわけ」

「へっ? そ、その話は終わったじゃろ……?」

「先延ばししただけだ。勝手に終わらすな」


 こんな恥ずかしい身内の会話を全世界に放送するわけにはいかないだろう。俺は撮影を終えようと、飛ぶドローンの電源を落とそうとして——固まった。


 ワキワキと動く昆虫的な6本足に、禍々しい翼。なにより際立つのは、カメラが生物的な眼球であること。


「え、キモいキモい。なにこれ、さっきのダンジョンからリザードマンに紛れて出て来たモンスターなのか?」

「き、キモいとはなんじゃ! 名付けてブラックドラゴン・ヴァニカスタムよ。どうじゃ、格好良いじゃろ!」

「……その家庭科の裁縫道具に描かれたドラゴンみたいな名前の方はいいとして。え、ヴァニカスタムつった? まさか、お前——」


 これが俺の買ったドローン(税込¥209000)の姿だってのか!?

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