第17話竜守3752号ダンジョン攻略会議
大型スーパー、エツラクの駐車場に突如出現したダンジョンは、竜守3752号ダンジョンと名付けられた。いや、名付けられたというよりは、振り分けられたというべきか。
ここ竜守市は日本屈指のダンジョン発生地域である。月に3、4ヶ所のペースで発生するダンジョンに一々名前などつけてられない。とはいえ、竜守市に3752ヶ所全てのダンジョンが存在するわけではなく、その大半はダンジョンコアの破壊に成功しており、市内に現存するものは200ヶ所ほどしかない。
つまり、この竜守3752号ダンジョンは竜守市に出現した3752番目のダンジョンとなる。まあ、もっともそれは計測された昭和初期からの計算となるが。
200ほど残されたダンジョンは、全て竜守市によって選定されている。残すか、残さないか。その基準は時代によって様々だが、多くは竜守市にとって有益かどうかで決まった。
で、3752号ダンジョンはというと。よりにもよって庶民の味方であるエツラクの駐車場場に出現し、あろうことかクソトカゲを放出しやがった。議論の余地なく、このダンジョンを残す必要はないだろう。
「では誰がファーストペンギンの称号を得るか、という話になるわけじゃが。——いや、聞くまでもなかったかの。当然、我ら竜守バスターズが行く。異論はなかろう?」
我が家の敷地内にある別邸——という名の仕事場に、学校から帰宅早々俺とヴァニは呼び出されていた。俺はともかく、ヴァニがここに呼ばれるということは、竜守バスターズの活動含めての話だと察してはいたが……なんで上座で胡座をかくコイツが勝手に話を進めているんだ? つか、女子の姿で胡座なんかかくなよ。
「ヴァニ。行儀」
ぴしゃりとした母さんの一言に、ヴァニはおずおずと居住まいを正す。長い付き合いなんだから、最初からちゃんとすればいいのに。
「ええと、その……3752号ダンジョンなんですが、生息するモンスターに意思疎通が可能な個体が確認されています。そのため、世論を鑑みるに彼らの討伐は早計かと……」
おずおずと言い出し辛そうに手を挙げるのは、下座にいる竜守市長の赤木さんだ。恰幅の良い男性なのだが、引き攣った笑みからは不幸の相が見える。まだ40代だと聞いてはいるが、その老け込み具合は子供の俺でも少々心配したくなるほどだ。
「世論とはなんじゃ?」
「……人の言葉を喋るモンスターを一方的に殺して良いものか、その善悪を問うものですね。不要な殺生は一般的な人間が忌み嫌うものですから」
赤城さんの説明を聞いても、ヴァニはピンときていないようだ。
「のう、涼太。我なりに解釈したつもりだが、どうにも納得いかなくてのう。竜守の力が一方的、というのは100歩譲ってギリギリ理解できるんじゃがな? 不要な殺生とはなんじゃ。それではまるで、我らが弱い者を虐めているようではないか」
「いやまあ、俺たちより弱いから倒せている事実はあるけれど……一般人はそうじゃないからな」
間違っても不要な殺生ではない。あのリザードマンは一般人よりもはるかに強力だ。そんな連中を地上に野放しにするほど、俺はモンスターに対して優しくはない。
「ではなんじゃ。文句を言う人間は、竜守の人間より強いと言うのか?」
「いや、それはないでしょうね」
母さんがヴァニの言葉を否定する。その意見には俺も賛成だ。
アーマード・アーミーアントごときに遅れをとるS級冒険者など、この竜守市では認められない。しかし、察するにあの技量でも竜守市外ではS級の看板をぶら下げて活動しても問題ないレベルなのだろう。
「そもそもダンジョンの発生率は、この竜守市の内と外で天と地ほどの差があります。そのことを加味すれば、彼らの危機感が我々竜守市に住まう人間と異なるのも頷けます。——だからといって、その世論を受け入れるつもりは毛頭ありませんが」
母さんの言葉はまさしく竜守市と他の地域との温度感を正しく表現していた。言ってしまえば、都心部に住まう人々と山林に近い場所に住む人々とでは、害獣への理解度に違いがあるように。
「ふむ。では問題ないな。我は害虫を食わぬトカゲは好かん」
真剣な話だったというのに、ヴァニの口にした言葉は肩透かしをくらうものだった。
……まあ、極論を言ってしまえばここ竜守市の行政、特にダンジョン管理はヴァニの好き嫌いで決まることが多い。普段は引きこもりのヴァニに代わって、その意向を竜守家と市長の話し合いで決めているのだが、本人が降臨しているのだからその必要もない。
母さん、面倒な話し合いを端折るためにヴァニを連れて来たな。ちらりと母さんを見れば、俺の考えを「正解」と言わんばかりにウインクしてきた。
「で、ですが……!」
「赤木よ。お主が外患に憂う気持ちは理解したつもりじゃ。しかし、それは竜守に住まう者たちの健やかな営みがあってこそよ。その順序を間違えるな。我は人という種が好きじゃが、それでも順序はある。この竜守市に生まれた人間を傷付ける輩は、たとえ人であっても容赦はせんぞ?」
威圧。ずしりと腹を踏みつけられるような重さがこの部屋にのしかかる。竜守ヴァニ、そう名乗っている少女の口から発せられた音とは思えない、不気味な圧力がその声にはあった。
轟天竜ヴァニフハール。この竜守市を守護するドラゴン、その一端が彼女から漏れ出ている。
ヤバいな、と思うより先に俺と母さんの行動は早かった。
「ヴァニフハール様、荒ぶられることのなきよう。そのお心、我ら竜守がしかと受け止めました。ですが、貴方様のお戯れでこの町は容易く割れましょう。貴方様の愛するこの町のため、どうかお鎮まりください」
「平にご容赦を。竜守の名にかけて、貴方様の御心を乱す輩は我らが族滅いたします。その猛りは我らが死するその日まで、どうかお鎮めください」
椅子から飛び退き、片膝をついて首を垂れる。異様に映る光景だろう。先程まで、座り方で母さんに注意された少女相手に、俺と母さんが頭を下げて許しを請う姿は。
しかし、そうしなければ地上にドラゴンの強大な力を出現させることとなる。例えるなら、都市部で巨大な爆弾を爆発させるようなものだ。被害の規模がその程度で収まればいいのだが……。少なくとも、竜守市とその近隣の市町村は消滅を免れないだろう。
この首が刎ねられるだけで済めば安い買い物。下げるだけならタダも同然。無論、俺と母さんは絶対の信仰ゆえの行動だが——損得の勘定でいえば、つまりそういうことだ。
「む……。ぬっ!? まーた我、この猛りをお漏らししちゃったかの!?」
そう言って、ヴァニはくんくんと自分の首やら腋やらを嗅ぐ。おおよそ美少女がしていい行動ではないだろ。
「その確認の仕方はやめろ……! それだと俺たちがお前の体臭で飛び退いたみたいになるだろ……!」
状況としては、ヴァニの体臭で飛び退いたという方が精神衛生上は良いのだが。
なにせ、本気で彼女が轟天竜ヴァニフハールとして猛り狂ったのならば、俺と母さんは文字通り命を代えてでも時間稼ぎをしなくちゃならないからな……。
「……わかりました。では、周囲にいるダンジョン配信者はどうしましょうか」
「それは——そうですね。中の危険性が分からない以上、今回は立ち入らせない方が……」
竜守3752号ダンジョンの攻略はいつも通り、竜守の一番槍で決まりそうだ。
しかし、いち早くその会話にヴァニは待ったをかけた。
「ちょっと待つのじゃ。我ら竜守バスターズはダンジョン配信者として活動しておる。我らだけでダンジョンを独占しては、方々から非難されるじゃろ?」
「それは……まあ。しかし、3752号ダンジョンは、少なくともリザードマンの亜種が確認されています。冒険者ならまだしも、冒険者に片足を突っ込んだだけのダンジョン配信者ではその危険性が跳ね上がります。いかがなさるおつもりですか?」
「うむ——我に良い考えがある」
ニヤリと笑うヴァニに——なぜだろう。これっぽっちも信頼できないのは。
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