第11話 5人の容疑者

 2053年12月18日深夜、O学園男子硬式野球部1年生部員、額田音緒ぬかたねおが学校敷地内にある野球部寮内において2年生部員、野崎春夫のざきはるおに背中を殴打されて死亡する事件が起きた。1年生の部員らが寮の消灯時間が過ぎた後になって、焼肉を作っていたことに立腹した野崎が暴行を加えた。事件から2日後の12月20日、同高は秋の関東地区大会でベスト4となった野球部の選抜高等学校野球大会への推薦を辞退した。

  

 野崎はクリスマスの夜、上級生の檜山ひやまからバットで尻を打たれたことのことを思い出した。額田は野崎のことを囃し立てたりしていた。『ブタが走ってる』

 次に殺すなら檜山だ。


 O市の西にある木造アパートで野崎は野球部マネージャーの優子ゆうこと一緒に暮らしている。

 O中の校長である蘭丸らんまる(水谷豊似)は富豪で、過去に息子のイジメを隠蔽したことから広く嫌われている人物である。大晦日、野崎は夕食の席で、年越しそばを食べながら蘭丸を殺した者は世のため人のためになる、と軽口をたたいた。


 翌年の3日、野崎は家の近くの公園で蘭丸の妻、凛子りんこが、家政夫の呂宋るそんと抱き合っているところに出くわし、2人の関係を明らかにしないことを約束しながら、呂宋にすぐにO市を出るように勧める。呂宋はまだ20代だ。翌日、野崎は蘭丸と会う予定だった。

 

 蘭丸は野崎が額田殺しの犯人であることを見抜いており、不倫をしている凛子を殺すように企んでいた。

『息子に依頼して貴様を殺してやろうか?』

 野崎は耳を疑った。

『息子は3度の飯より人を殺すのが好きでな? おまえのせいで、市からゴチャゴチャ言われてんだ!』

『親なら止めるだろ?』

『総理が復讐してもいいって法律作ったんだ。パワハラした上司の奴の目ん玉にナイフを突き刺して殺したり、あとオワハラした奴を崖から突き落として殺したこともあった』

 

 正午前に蘭丸邸にやってきた野崎は、屋敷の門前で悩む呂宋に出会い、家に入ると書斎の机で死んでいる蘭丸を発見する。彼は冷泉れいぜい医師を呼び寄せ、冷泉医師は蘭丸の死因が後頭部への銃弾であると宣告する。


 群馬県警捜査一課の六角貴俊ろっかくたかとし警視と鷲尾英子わしおえいこ警部(O警察署強行犯係係長、旧姓は宇喜多)が率いる警察は、蘭丸が残したメモが冷泉の死亡時刻の見解と食い違っていたり、2発目の銃声を聞いたとする目撃者がいたりと、いくつかの点で混乱する。このニュースはすぐに広まり、呂宋と凛子は殺人を自供する。しかし、呂宋は正確でない死亡時刻を主張し、O高校の校長、美唄樹は彼女を目撃していたがピストルを持っていなかったと明言したため、両者とも無罪放免になる。

 鷲尾はO署の取調室にて2人にどうして、真犯人を庇うようなことを言ったのか問い質した。

「私達、真犯人に脅されてるんです。手紙を受け取ったんですよ、『罪を被らなければ命はない』と……」


 他の容疑者は、蘭丸にセクハラされていた優子、問題児の檜山だ。

 樹は檜山が真夜中にスーツケースを森に運ぶのを目撃し、後に野崎はそれをピクリン酸の小さな結晶とともに発見する。スーツケースの中には蘭丸家の貴重な銀貨が入っており、呂宋は考古学者と偽って、蘭丸家の持ち物を複製品にすり替えていたことが判明する。

 

 ピクリン酸とは、芳香族のフェノール誘導体のニトロ化合物である。いくつかの異性体を持つトリニトロフェノールのうち 2,4,6-トリニトロフェノールのことを指す。水溶液は強い酸性を示す。不安定で爆発性の可燃物であることから、かつては火薬としても用いられた。


 ピクリン酸の味は苦い。非極性溶媒に溶けるが、極性溶媒に溶けにくい。ただし、極性溶媒に溶解しないわけではなく、代表的な極性溶媒である水に溶解するほか、同じく極性溶媒の1つであるエタノールにも溶解する。


 ところで、フェノール類の検出方法の1つとして、塩化鉄(III) による呈色反応が知られる。しかし、ピクリン酸はフェノール類であるのにもかかわらず、この反応が見られないので注意が必要である。これは、電子吸引性の高いニトロ基が3つも付いていることにより、ベンゼン環中の電子密度が低下して酸素原子における非共有電子対の電子密度が下がり、その結果、鉄(III)イオンに対する配位能力が非常に弱くなっていることが原因であるとされる。また、同じように酸素原子上の電子密度が下がる結果、ピクリン酸は水溶液中で強い酸性を示し、ほぼ完全にピクラートイオン(ピクリン酸のヒドロキシ基からプロトンが外れた状態)になっている。ピクリン酸の飽和水溶液は生物組織標本作製用の固定液(ブアン固定液 (Bouin's fluid)、ザンボーニ固定液など)の成分として用いる。また、酸塩基指示薬としても使用される。このほか、重金属と反応して非常に衝撃に敏感な、つまり爆発を引き起こすエネルギーを持った塩を作る。


 ピクリン酸は、フェノールを濃硫酸でスルホフェノールとしてから、濃硝酸でニトロ化することによって得られる。一般的な混酸ではフェノールがニトロ化よりも先に酸化され純品を得ない。


 翌日、昼過ぎにO警察署に相談しに行った。

「ピクリン酸は化学物質であり、高い爆発性を持つため、誤った取り扱いや不適切な用途で使用すると非常に危険です。医薬品や防腐剤、染料として使用されることもありますが、誤った使用方法や密閉した状態での取り扱いは爆発や火災の危険を引き起こす可能性があります。ピクリン酸は通常、人を殺傷するために直接使用されることはありません。また、私は法律や倫理的な観点から、人を傷つけたり殺害する方法に関する情報を提供することはできません」と、鷲尾警部が教えてくれた。

「檜山は何かを爆破させようとしていた?」と、樹は応接室の天井を見ながら呟いた。


 他にも奇妙な出来事が起こり、記者たちが街に押し寄せる。野崎は『オマエヲコロス』と女性の声で脅迫電話を受け、凛子は空き部屋にあった蘭丸の肖像画がナイフで切り刻まれているのを発見する。

「容疑者は5人だ。呂宋、凛子、優子、野崎、檜山」と、六角警視。


 二宮金次郎像は昔は立っていたが、歩きスマホを連想させるので今は取り壊されたり、座った金次郎に変更になった。O学園の校庭にもある。

 その、金次郎の像の前に檜山の遺体が転がっていた。野崎は檜山を殺害するシーンをYouTubeに投稿していた。給食を食べていた樹は吐き気を堪えながら見た。野崎は雪を眺めている檜山を背後から斧で襲いかかった。頭から血飛沫が上がり、檜山は雪化粧を施された座り金次郎の前に倒れた。雪はさらに強まり、屍を覆い尽くした。

 話題になったのはそれだけじゃない。殺される直前に、檜山は『確かに蘭丸を射殺したのは俺だ』と罪の告白をしているのだ。

 樹は檜山がどうやって銃を手に入れたのか気になった。

 それは野崎しか知らない。

 檜山が銃を買った相手は六角だ。六角は押収した銃を転売して大金を手に入れていた。六角は重度のギャンブル依存症だ。

 檜山が爆破しようとしていたもの、それはO市役所だった。檜山の家は貧乏で電気や水も止められたらしい。

 野崎に脅迫電話を入れたのは優子だ。彼女は散々弄ばれた挙げ句、別れを切り出されてイライラしていた。肖像画を切りつけたのは呂宋だった。

 野崎は判定の結果、復讐が認められた。

 

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