復讐時代

第8話 水神学園殺人事件

　4話とリンク🔗

　樹は天地学園を辞め、京都にある水神学園って私立高等学校に転職を果たした。理由は経営破綻によるリストラだ。

　2018年4月4日（水） - 京都府舞鶴市で行われた大相撲巡業において、挨拶に立った多々見良三同市市長がくも膜下出血で倒れ、病院搬送後手術、約1か月の安静となり、同月6日より副市長が職務代行。また救命処置を施した看護師の女性が土俵から下りるよう場内放送で促された問題で、日本相撲協会の八角信芳理事長が4日夜、「深くおわび申し上げます」と謝罪のコメントを出した。

　一昨日が入学式だった。

　入学式当日、水神学園の広大なキャンパスは生徒たちとその家族で賑わっていた。華やかに飾られた入口から入ると、神秘的な雰囲気に包まれた式場が広がっていた。

　生徒たちは制服姿で一列に整列し、緊張した表情と期待に満ちた笑顔で入場した。式場の前には学園長や教員たちが立ち、生徒たちを温かく迎え入れた。

　入学生たちの列の先頭には学園長が立ち、しっとりとした声で迎辞を述べた。彼は水神学園の理念や教育方針について語り、各生徒の成長と未来への期待を語った。生徒たちは熱心に耳を傾けていた。

　その後、各クラスの担任教師が登壇し、生徒たちを紹介した。樹は1年3組の受け持ちになった。新入生たちは名前を呼ばれると一列に前に進んでいき、担任教師と握手しながら自己紹介をし、会場からは拍手と歓声が湧き上がり、生徒たちの緊張も和らいだ。

　入学生代表の古谷大地（ふるやだいち）が立ち上がり、学園全体のために生徒たちの宣誓を行った。彼らは手を心の前で組み、1つの礼拝として誓いの言葉を唱えた。会場には静寂が広がり、その誓いに共鳴する気持ちが感じられた。

　最後に、生徒たちは学園長の指示のもとでクラスごとに教室へと移動した。教室ではクラスメートとの初めての交流や担任教師との挨拶が行われ、新たな学びの場への期待と興奮が高まった。

　入学式後、生徒たちは自分のクラスに編成され、学園内を一緒に探索するために案内された。彼らはクラスメートとの絆を深め、学園の施設や自然環境に触れながら新しい学園生活をスタートさせた。

　水神学園の入学式では、1人ひとりの生徒が個性を生かし、学園全体の一員として共に成長していくことが誓われた。あの日の様子は生徒たちや関係者にとって一生の思い出となり、学園の特別な始まりの瞬間として記憶に残ることだろう。

　放課後、樹は森めぐみの書いた『水神学園殺人事件』を2階にある図書室で読んでいた。

　舞台は学園内で起こる連続殺人事件に揺れている学園、水神（すいじん）学園。この学園では鞍馬天狗の伝説やサルモネラ菌の存在が特徴的だ。水神学園は水道局員を養成する。主人公は学園の生徒である翼で、彼は2年6組の担任であり、妖怪に詳しい樹と共に事件解決に挑んだ。

　翼と樹は殺人事件の真相を解明するため、学園内の教室に隠された鍵を手に入れる。その鍵はサルモネラ菌の関与やシーラカンスに関する謎を解く手がかりだと考えられた。彼らは鍵を使って教室の一室に辿り着き、殺人鬼の正体と事件の背後にある陰謀を暴こうとする。

　翼と樹の調査は徐々に進み、学園内でサルモネラ菌が流通していることを突き止めた。彼らはサルモネラ菌の元凶が水道局に関連していることを発見し、その真相を解明するため水道局への調査を始めた。水道局の中にはシーラカンスが隠されていることが明らかになり、彼らはなぜシーラカンスが関与しているのかを探った。

　翼と樹の推理と行動により、彼らは殺人鬼とサルモネラ菌の陰謀の糸口を掴んだ。しかし、鞍馬天狗の伝説にも関わる学園内の事件は複雑さを増し、困難な展開を迎えた。彼らは特殊な能力を駆使し、事件の真相を解明するための闘いに挑んだ。

　水神学園は小説みたく水道局員は養成していない。樹は司書の野添國男（のぞえくにお）に森という女性について尋ねた。野添はどことなく、脇役俳優の六平直政（むさかなおまさ）に似ていた。

「確かその子なら2年のときに転校されましたよ」

「そうだったんですか」

　窓の外にはモスグリーンの琵琶湖疏水が見えた。サイクリングでもしたら気持ちよさそうだ。

　4月5日（木）

　警視庁、1月21日に経済学者の西部邁が東京都大田区内の多摩川で入水自殺した事件で、自殺幇助容疑で、西部の番組担当ディレクターだった東京MXテレビ関連会社社員の男と、西部の知人の男を逮捕。

　古谷は1年4組の生徒だった。

　樹は縄文時代について教えていたが、予想よりも早く話す内容が終わってしまったので、琵琶湖疏水について教えた。

　琵琶湖疏水は、第1疏水（1890年に完成）と第2疏水（1912年に完成）を総称したものである。両疏水を合わせ、23.65m3/sを滋賀県大津市三保ヶ崎で取水する。その内訳は、水道用水12.96m3/s、それ以外に蹴上発電所による水力発電、農地の灌漑、下水の掃流、工業用水などに使われる。また、疏水を利用した水運も行われた。蹴上発電所による水力発電は通水翌年の1891年6月から運転が開始された。これは営業用発電所として日本初であり、世界的に見ても先進的な取り組みであった。その電力は日本初の電車（京都電気鉄道、のち買収されて京都市電）を走らせるために利用され、さらに工業用動力としても使われて京都の近代化に貢献した。疏水を利用した水運は、琵琶湖と京都、さらに京都と伏見、宇治川を結んだ。落差の大きい蹴上と伏見にはケーブルカーと同じ原理のインクラインが設置され、船は線路上の台車に載せて移動された。水運の消滅に伴いインクラインはいずれも廃止されたが、蹴上インクラインは一部の設備が静態保存されている。無鄰菴や平安神宮神苑、瓢亭、菊水、何有荘、円山公園をはじめとする東山の庭園に、また京都御所や東本願寺の防火用水としても利用されている。

　疏水百選の1つである。また、安積疏水（福島県郡山市とその周辺地域）、那須疏水（栃木県那須野が原）と並ぶ日本三大疏水の一つと数えられる。

「はい！」

　いきなり古谷が手を挙げた。

「古谷君」

「先生って童貞ですか？」

　入学式のときの印象は秀才そのものだったので、ビックリした。

「そっ、そういう質問はするもんじゃないぞ？」

「童貞なのかよ？　その歳で、キモいんだよ」

　古谷は16歳になってるか、なってないかだ。そういうことに興味を持ってることはごく普通だが、TPOがなっていなかった。

　ケラケラ！ガヤガヤ！教室が騒がしくなった。

　樹は古谷をぶん殴りたい気持ちに駆られた。

　教卓を両手でバンッ！と叩いた。

「静かにしねーと、月に変わってお仕置きすっぞ」と、野沢雅子の声を真似しながら、セーラームーンを気取った。古谷はゲラゲラ笑っていた。

　4月6日（金）

　学校法人順天堂は、同法人が運営する順天堂大学医学部附属順天堂医院（東京都文京区）で約50年前、新生児を取り違えた上、DNA検査により取り違えが判明した後、被害者に対し取り違えがあったことを一切口外せず、もう一方の相手を探さないことを約束させたと4月5日発売の週刊新潮で報じられたことを受け、公式ホームページに取り違えの事実を公表、謝罪コメントを掲載。

　鹿児島県日置市東市来町湯田で38歳の男が自身の父親・祖母・伯母とその姉、知人男性の計5人を殺害した事件が発覚。

　明日は久々に紅子とデートする。

　水神学園は頭髪に関して厳しかった。ツーブロックやポニーテールなどの髪型、髪染めやパーマなど、加工が禁止されている。地毛証明やくせ毛証明の提出もしないといけない。

　放課後、古谷が3組の教室に飛び込んできた。

「佐藤の奴、俺がくせ毛だって言ってんのに信じてくんねーんだ！」

　佐藤は3組の担任で教科は数学だ。ちなみに樹は数学が大嫌いだ。

「俺を馬鹿にした報いだろ」

　樹は冷たくあしらった。

「覚えていろよ！？」

　古谷は顔を猿みたく真っ赤にさせて怒って出て行った。

　4月7日 （土）

　兵庫県警察捜査1課、兵庫県三田市で、障害のある息子を約25年間自宅敷地内に設置した檻に閉じ込めた父親を監禁容疑で逮捕。

　紅子は妖怪とか怖い話に詳しかった。

　主に古くからある大きな橋では、橋姫が外敵の侵入を防ぐ橋の守護神として祀られている。古くは水神信仰の一つとされ、橋の袂に男女二神を祀ったことが始まりともいわれている。

　橋姫は嫉妬深い神ともいわれ、橋姫の祀られた橋の上で他の橋を褒めたり、または女の嫉妬をテーマとした『葵の上』や『野宮』などの謡曲をうたうと、必ず恐ろしい目に遭うという。これは、土地の神は一般にほかの土地の噂を嫌うという性格や、土地の信者の競争心などが、橋姫が女性であるために嫉妬深いという説に転化したもの、もしくは「愛らしい」を意味する古語の「愛（は）し」が「橋」に通じ、愛人のことを「愛（は）し姫（ひめ）」といったことに由来する、などの説がある。

　橋姫の中でも有名なものが、京都府宇治川の宇治橋に祀られる宇治の橋姫であり、他に大阪市淀川の長柄橋、滋賀県瀬田川の瀬田の唐橋などに祀られていることが知られる。

　嵯峨天皇の御世（809年-825年）、とある公卿の娘が深い妬みにとらわれ、貴船神社に7日間籠って「貴船大明神よ、私を生きながら鬼神に変えて下さい。妬ましい女を取り殺したいのです」と祈った。明神は哀れに思い「本当に鬼になりたければ、姿を変えて宇治川に21日間浸れ」と告げた。

　女は都に帰ると、髪を5つに分け5本の角にし、顔には朱をさし体には丹を塗って全身を赤くし、鉄輪（かなわ、鉄の輪に三本脚が付いた台）を逆さに頭に載せ、3本の脚には松明を燃やし、さらに両端を燃やした松明を口にくわえ、計5つの火を灯した。夜が更けると大和大路を南へ走り、それを見た人はその鬼のような姿を見たショックで倒れて死んでしまった。そのようにして宇治川に21日間浸ると、貴船大明神の言ったとおり生きながら鬼になった。これが「宇治の橋姫」である。

　橋姫は、妬んでいた女、その縁者、相手の男の方の親類、しまいには誰彼構わず、次々と殺した。男を殺す時は女の姿、女を殺す時は男の姿になって殺していった。京中の者が、申の時（15～17時ごろ）を過ぎると家に人を入れることも外出することもなくなった。

　そうした頃、源頼光の四天王の1人源綱が一条大宮に遣わされた。夜は（橋姫のせいで）危険なので、名刀「鬚切（ひげきり）」を預かり、馬で向かった。

　その帰り道、一条堀川の戻橋を渡る時、女性を見つけた。見たところ20歳余で、肌は雪のように白く、紅梅色の打衣を着て、お経を持って、一人で南へ向かっていた。

　綱は「夜は危ないので、五条まで送りましょう」と言って、自分は馬から降りて女を乗せ、堀川東岸を南に向かった。正親町の近くで女が「実は家は都の外なのですが、送って下さらないでしょうか」と頼んだので、綱は「分かりました。お送りします」と答えた。すると女は鬼の姿に変わり、「愛宕山へ行きましょう」と言って綱の髪をつかんで北西へ飛び立った。

　綱はあわてず、鬚切で鬼の腕を断ち斬った。綱は北野の社に落ち、鬼は手を斬られたまま愛宕へ飛んでいった。綱が髪をつかんでいた鬼の腕を手に取って見ると、雪のように白かったはずが真っ黒で、銀の針を立てたように白い毛がびっしり生えていた。

　鬼の腕を頼光に見せると頼光は大いに驚き、安倍晴明を呼んでどうすればいいか問うた。晴明が「綱は7日間休暇を取って謹慎して下さい。鬼の腕は私が仁王経を読んで封印します」と言ったので、その通りにさせた。

　剣巻では橋姫の腕を斬った「鬚切」はこの事件により「鬼丸（おにまる）」と呼ばれるようになったとされる。綱の羅生門の鬼退治（『酒呑童子』）や多田満仲の戸隠山の鬼退治（『太平記』）などで振るわれた鬼切（おにきり）と同一視されることが多い、鬼と縁が深い名刀である。

　橋姫が浸った川は宇治川で、祭られているのは宇治川の宇治橋だが、綱が橋姫と出合ったのは堀川の一条戻り橋である。

　歳月の経過は特に描写されていないが、源頼光・源綱・安倍晴明の時代は「嵯峨天皇の御世」の200年近く後である。

　紅子は橋姫について教えてくれた。

　桜が満開の鴨川沿いを樹と紅子は歩いていた。

　こういうときの紅子はとても知的だ。どことなく佐藤栞里（さとうしおり）に似ていると思った。ツートンカラーのパトカーがサイレンを鳴らしながらビュンビュンすぐ近くを通り過ぎる。パトカーは水神学園の方に向かう。

「何かあったのかな？」

　紅子は心配そうに眉を顰めた。

　京都府警の小野燿子（おのようこ）警部は水神学園にやって来た。『立ち入り禁止』のロープを潜り、老朽化したプールにやって来た。壁は苔むしており、長年使われていないプールの水はドス黒く淀んでいた。燿子は目を疑った。白骨死体がプカプカ浮いていたのだ。

　この事件を受けて7つの対策がなされた。

　1. 独立した安全チームの設置：学園内には独立した安全チームを設置し、セキュリティ体制を強化した。このチームは常に学園内の安全を監視し、緊急時には即座に対応した。元剣道部の樹も招集された。趣味でボクシングをしている野添がリーダーに就任した。

　2. 迅速な通報：事件発生時には、速やかに警察に通報した。警察には事件の詳細を正確に伝え、必要な捜査を依頼した。

　3. 教職員の安全確保：事件発生時には、生徒は校内にはおらず、教職員の安全を確保するために緊急避難手順を実施した。野添は教職員たちを何かあってもすぐに逃げることが出来る校庭に誘導した。

「必要な場合はロックダウン措置を取らないといけなくなるかも知れません、大人しく指示に従ってください」

　4. 情報共有と連絡：学園関係者や生徒の保護者へ迅速かつ適切な情報の共有を行った。これには安全対策の進捗状況や保護者会議の実施を含んだ。

　唄田（うただ）っていう音楽の教師は「生徒たちを休ませるべきだ」と意見を出したが、会議の結果、休ませずに保護者や学園関係者、警察関係者が協力しサポートするってことに決まった。

　唄田はメガネを掛けたインテリ男子で、樹や新美の教職課程仲間だ。大学のときの中国語の教授は黒板に新美→美唄→唄田と書いて遊んでいた。

　5. 心理的なサポート：事件の影響を受けた生徒や教職員に対して、専門の心理カウンセラーを配置し精神的なサポートを提供した。また、学園全体でのサポートグループやイベントの開催も検討した。

　6. 適切な捜査の協力：警察の調査を妨げず、適切な捜査協力を行う。必要な情報や証拠の提供、目撃者の協力などに対応し、事件解決に向けて最大限の協力をする。

　7. 安全対策の見直し：事件を教訓にして、学園の安全対策を見直し、より効果的な対策を検討する。適切な犯罪予防対策やセキュリティシステムの導入、従業員の教育など、安全性を向上させるための措置を行う。

「殺人事件は深刻かつ悲惨な出来事だが、迅速で的確な対応を行い、生徒と教職員の安全を最優先に考えます。また、復興と再建のためのプロセスに重点を置き、学園全体の回復力を高めることに全力を注ぎましょう」

　野添は会議室でそう声高に言った。　　

　司法解剖の結果、白骨死体の身元が松山伸之（まつやまのぶゆき）という45歳の書道教師だってことが明らかになった。

　久々に樹は新美と電話で話した。スマホ代が最近高くて困ってる。新美は婿養子となり、新美健から卜部健に名前を変えていた。

《死体が白骨化するまでにかかる時間は、ヒトの場合、腐肉食動物による死体の損壊や周囲の環境にも強く影響されるが、地上に放置されていた場合、夏では1週間 - 10日、冬では数か月以上かかるんだ。乾いた土中に埋められていた場合、大人で7 - 8年、水中では夏場で2週間、冬場では1か月で頭蓋骨の一部が露出する。また、骨格標本を作るために意図的に死体を白骨化させる場合には、炭酸ナトリウム1%の水溶液につけて沸騰させないように煮込むと比較的短時間で白骨化させることができるんだ。骨を傷めることなく、骨の中にある油や雑菌を取り除くことができるため、保存性が良くなる。そのほかの方法ではどうしても骨が傷むため、骨格標本には向かないことがある》

　夕飯のククレカレーを食べたばっかりだったので、吐き気がしてきた。

「つまりは、松山は殺されてから2週間くらい前に殺されたってことか？」

《まだ4月だから、もう少し前かも知れん》

「学園内に殺人鬼がいるかも知れないと思うとゾッとするよ」

《教員や生徒に気をつけるんだ》

　野添、唄田、佐藤……3人とも何処か怪しい。この前、トイレの個室で野添が『あいつ殺してやる』って言っていたのを思い出した。あれはもしかしたら松山だったのかな？佐藤は金曜日、風邪で休んでいる。けど、帰り道に居酒屋で見かけた。体が悪いときに酒なんて飲んだら逆効果だ。唄田は昔は愛想が良くて、ゲーセンでよく格ゲーで遊んだが、ケータイ番号が変わってたので教えてもらおうとしたら持ってないと言われた。けど、入学式のときに中庭でケータイで話していたのを覚えている。

　5日後、樹は松山の葬式に出席した。トイレに立ったときに、松山の同僚であった佐藤矢一（さとうやいち）が忌まわしい歴史を教えてくれた。古谷を邪険に扱った数学教師だ。

　水神学園では2005年5月7日から3泊4日の日程で国際科学技術博覧会の見学も兼ねた修学旅行が行われた。場所はつくば市だ。この旅行の開始直後に後に加害者となる松山が、担任のクラスの生徒の1人、窪塚充（くぼつかみつる）が学校側に持参を固く禁じられているヘアーアイロンを持参しているのを発見し、取り上げる。窪塚は当時3年生で18歳になったばかりだった。翌々日朝には宿泊先で同じクラスの別の生徒がヘアードライヤーを使用しているところを発見され取り上げられた。

同日の朝食後に松山は教員が使用する部屋に戻ったときに、同室で後に死亡する前記とは異なる生徒がヘアードライヤーを持参していたことで正座させられていた。生徒指導担当の教員、佐藤と相談した上で、前記の生徒2人も呼び出し説諭することとした。そこで佐藤は正座させて厳しく叱責し平手で数回殴打した。この後に松山に「前任校はこんなものか」と問いただしたところ、松山は「自らも生徒に対して指導しなければ示しが付かない」と追い詰められた気持ちになり、体罰を行うようになった。

松山は死亡することとなる窪塚について、このようなことをしないと信じていたのに裏切られたという思いから、「このやろう」と言い、殴り始める。平手で5、6回頭を殴り、足で肩を蹴った。2回目に蹴られたときに後ろの壁に頭をぶつけた。そこから起き上がりかけたところを腹を蹴られ、再び壁に頭をぶつけた。そこで窪塚は謝ってうずくまったが、そのときにみぞおちあたりを踏まれた。そこから担任は窪塚の様子がおかしくなったのに気付き足を離した。この生徒は同日の午前10時10分ごろに搬送先で暴行に起因する急性循環不全により死亡し、事件後に佐藤は傷害致死罪に問われ、懲役3年の実刑に処された。

　窪塚の告別式では報道陣が詰めかけ、参列した旧友達が出棺の際に、学園長・教頭を吊るし上げて謝罪を要求する一幕を映像に収めた。

「おっ、俺も松山みたく殺される。助けてくれよ……」

「僕は刑事でもSPでもない。そんなに心配なら警察署に相談しに行ったらどうです？」

「俺は警察が苦手だ」

「何かやましいことでもしてるんですか？」

「そんなんじゃねー」

　樹は仕方なく佐藤を車で送迎してやることにした。リース車だからぶつけたりしたら大変だ。佐藤の命を狙ってトラックが突っ込んでこなけりゃいいな。そんなことを思いながら運転をした。

　4月15日（日）

　JR東日本新潟駅の在来線高架ホームが暫定開業し、上越新幹線「とき」と特急「いなほ」の2線間に短時間での乗り換え用に自動改札機2機を設置した上で対面乗り換えが開始された。

　4月15日から翌2019年3月25日まで - 東京ディズニーリゾートは35周年を記念し『Happiest Celebration!』として年間スケジュールでの周年記念イベントを開催する。

　紅子とディズニーランドにでも行きたい。

　キリンラガービールをタンブラーに注いで飲んだ。大河ドラマ『西郷どん』を見終え、風呂に入ろうとしているとスマホが鳴った。野添からだった。

《大変だ！佐藤先生が殺された》

　佐藤矢一の遺体は宇治川に浮いていた。宇治川の本流は淀川だ。

　淀川は、大阪湾に注ぐ日本の一級河川。滋賀県、京都府および大阪府を流れる淀川水系の本流である。琵琶湖から流れ出る唯一の河川である瀬田川（せたがわ）が宇治川、淀川と名前を変える。流路延長75.1 km、流域面積8,240km2。なお、先述の流路延長は琵琶湖南端よりの延長であり、河口から最も遠い地点は滋賀県・福井県の分水嶺である栃ノ木峠であり、淀川の源の石碑が設置されている。この場所は琵琶湖へ流入する河川・高時川の水源地であり、そこからの河口までの直線距離は約130km、流路延長に換算すると約170kmとなる。

　大津市で琵琶湖から流れ出る。ここでは瀬田川と呼ばれる。京都府内ではなく、大津市内で殺害されたことも十分考えられる。

　小野燿子は現場にやって来た。ご遺体に合掌した。

　17日（火）の早朝、佐藤の物と見られる自転車が、蹴上（けあげ）インクラインで、鍵が付いたままスタンドを立てた状態で見つかった。現場は佐藤の自宅アパートから約2.5キロ離れていた。蹴上インクラインは、京都市左京区にあった琵琶湖疏水による舟運ルートの一区間をなす傾斜鉄道（インクライン）。

　南禅寺・蹴上間。1891年（明治24年）から1948年（昭和23年）まで実用に供された。

　現在は国の史跡として整備され、桜並木の観光スポットになっている。

　琵琶湖疏水は京都と大津間の船の輸送を用途の一つとしていたが、落差が大きくそのままでは船が運行できない区間があった。

　一般に運河の落差がある場所で船を通行させるには、ロック（閘門）方式、リフト方式、インクライン方式の三つがあり、琵琶湖疏水ではこのうちインクライン方式が採用されていた。

　これは勾配のある水路にレールを敷き、その上を走る台車に船を載せ、ケーブルカーのようにケーブルで引っ張り上下させるもので、蹴上インクラインは台車に直接船を載せるドライ式というインクライン方式を使用している。

　蹴上インクラインは蹴上船溜りと現在の琵琶湖疏水記念館前の南禅寺船溜りを結ぶ延長640m、軌間2540mm、敷地幅22m、勾配15分の1の路線で、運転用の巻き上げ機は蹴上発電所の電力で運転した。通過時間は10分から15分だった。

　昭和期に入ると、鉄道などの交通機関の影響で舟運の利用は大きく減少し、太平洋戦争後の1948年（昭和23年）11月26日に運行を休止した。1960年（昭和35年）3月をもって電気設備も撤去され、完全に稼働を停止する。1973年（昭和48年）以降、送水管を敷設するため残っていたレールも撤去されたが、産業遺産として保存するために復元されることになり、1977年（昭和52年）5月に完成した。現場には復元された台車が2台（それぞれ坂の途中と蹴上船溜りに設置）展示されている。1996年（平成8年）6月19日には国の史跡に指定された。

　小野燿子は皆からよく、女優のりょうに似ていると言われている。『HERO』で久留生（くりゅう）をナイフで襲いかかる女犯罪者の役が印象的だった。

　17日の午後4時頃、小野燿子は今出川通（いまでがわどおり）にある窪塚邸に向かった。今出川通は京都市中心市街地北部の主要な東西の通りの一つ。 東は左京区銀閣寺町（銀閣寺門前）から、西は北区等持院西町（京福電気鉄道等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅のやや西にある等持院1号踏切の北）まで。全長約7km。

　塾のセールスマンの振りをして、インターホンを押した。小野燿子は刑事になる前はガチでセールスマンをしていた。誰も出ない。「いないのかな？」

　覆面パトカーの中でしばらく張り込んだ。

　5時を少し回ったところで無線が鳴った。

　梅宮辰夫（うめみやたつお）に瓜二つの捜査一課長からだ。

《新たな殺しだ》

　小野燿子は宵闇の鞍馬山にやって来た。大樹に、死体がぶら下がっているのが発見される。鞍馬山は霊山として知られ、密教による山岳修験の場として栄えた。延暦15年（796年）、あるいは宝亀元年（770年）には、鞍馬山の南中腹に毘沙門天を本尊とした鞍馬寺が創建された。また、牛若丸（後の源義経）の修行の地であり、「鞍馬天狗」で知られている。古くより、春は桜、秋は紅葉の名所としても知られた。「更級日記」にも鞍馬山の春秋の姿が描写されている。

　司法解剖の結果、翌々日に遺体の身元が古谷大地と判明した。

　19日（木）

　佐藤に続き、古谷までもが殺されてしまった。

　樹は窪塚の遺族が犯人だと睨んでいた。

　松山と佐藤なら殺すかも知れないが、古谷と窪塚の遺族の関連性は未だに警察さえも掴めていない。

　もう、これは杉下右京（すぎしたうきょう）に協力を仰ぐしかないかも知れない。樹は『相棒』の大ファンだ。

　朝のミーティングが終わり、尿意を覚えたので職員用のトイレに入ると個室から唄田が出てきた。

「なぁ、唄田……最近、おまえ様子が変だぞ？」

「何がだよ？」

「電話番号教えろって言ったときケータイ持ってないなんて言ってたけど、ちゃんと持ってんじゃねーか？　何か隠してることでもあるのか？」

「実は……」

　唄田は経緯を話した。唄田は去年、2年6組の担任だったのだが、教え子の森めぐみと恋に落ちた。だが、めぐみには竹内響（たけうちひびき）ってカレシがいた。唄田にめぐみを奪われた恨みから、イタ電をされたり、ネズミの死骸をアパートの郵便受けに入れられるという嫌がらせをされていたのだ。

「そんなこんなでバタバタしてたんだ。嫌な感じをさせて悪かった」

「もっと早く相談してくれれば良かった」

　樹には気になっていることがあった。森めぐみの作品の中に樹と翼が登場する。彼女は天地学園の関係者なのだろうか？

　翌朝、真犯人が京都府警に出頭してきた。

　司書の野添國男だ。彼は借金を抱えていた。そこに神様が現れた。松山に殺された窪塚充の妹、窪塚アリスだ。アリスは水神学園の卒業生だ。去年の卒業式前日の夕方、図書室に現れた。偶然にも室内には野添とアリスだけしかいなかった。

『私、亡くなった窪塚充の妹なんです。嘘かと思われるかも知れませんが父親が宝くじに当たったので、金はたんまりあるんです。松山先生と佐藤先生を殺してくれたら500万差し上げます』

　アリスは条件をつけてきた。

『疑われないように私が卒業してから事を行ってください』

　松山のときは簡単だった。彼の家を突き止め、彼が京都駅近くのコンビニに再就職を果たしたことも把握した。郵便受けに『オマエが窪塚にしたことを俺は知っている。職場にバラされたくなかったら水神学園のボロいプールに来い』と脅迫状を入れておいた。

　そして、4月6日（金）の真夜中、松山はのこのこと約束の場所にやって来た。野添は背後から松山を両手で首を絞めて殺した後、遺体をプールに突き落とした。

　佐藤のときにヘマをした。4月15日の午後6時、松山のときと同じ手段で宇治川大橋に呼び出した。京都府京都市伏見区の宇治川に架かる橋である。1966年（昭和41年）3月に、現在の京都府道・大阪府道13号京都守口線のバイパスとなる国道1号枚方バイパスとして開通した。21世紀に入り、さらにそのバイパスである第二京阪道路の供用が開始され、バイパス道路としての役割を譲りつつあるが、依然として交通量は多い。

　川幅が狭くなっている淀付近とは対照的に河川敷が広いため、木津川大橋よりも橋長が長い。

　河川敷に立っていた佐藤を後ろから突き飛ばし、溺死を偽装したまでは良かったが、その光景を古谷に目撃されてしまったのだ。

　古谷は野添に鞍馬山に500万を持ってくるように、下駄箱に脅迫状を入れた。

　野添はアリスと協力し、鞍馬山で古谷をロープで絞殺すると首吊り自殺を偽装したのだった。

　職員室で臨時朝礼が行われ、学園長から真犯人が野添であったことを聞かされ樹は度肝を抜かれた。

　あのときの『あいつ殺してやる』は佐藤に対してかも知れないし、古谷に対してかも知れないし、はたまた依頼人のアリスに対してかも知れない。

　樹は人間不信になりそうで嫌だった。