新世界

新たな世界

 あれから途方もない時間が過ぎ去った。宇宙が生まれ、天体が散らばり、地球が生まれた。生命が誕生し、それらは絶え間なく変化する環境の中で進化を遂げ、それから何億年も経った末に人類が生まれた。それから彼らは歴史を紡ぎ、文明を発展させていった。その間、自らの肉体の時間を制御していた奏多かなたは、まだ老いてはいない。彼女は新たに生み出された文明の中で、ビルの立ち並ぶ街の中で、宛もなく散策を続けた。

「これで……良かったんだよな」

 やはり彼女には、まだ迷いがあったようだ。しかし今更後悔しても、何もかもが遅い。いずれにせよ、背に腹は代えられなかったのもまた事実だ。新たな世界を練り歩いていった末に、奏多は人の少ない大通りに辿り着いた。そこで彼女は、桃色の髪をした少年を見つけた。

「ディラン……?」

 幾億年もの月日を経てもなお、彼女はかつて死線を共に潜り抜けてきた相棒のことを覚えていた。居ても立っても居られなくなった彼女は、咄嗟に彼に声をかける。

「ディラン! 元気にしてるか?」

 その声に、ディランは恐る恐る振り向いた。この時間軸の彼からしてみれば、奏多は見ず知らずの赤の他人だ。

「君は、誰……? どうして、僕の名前を知っているの?」

 そう訊ねた彼は、少しばかり怯えた素振りを見せていた。無論、事情を説明されたところで、彼がその話を信じる確証はない。奏多は悲哀を帯びた愛想笑いを浮かべ、彼の両手を握る。

「そうだよな。オレにとってのアンタはかけがえもない相棒だったけど、アンタはまだオレのことを知らねぇんだもんな」

「い、一体……なんの話をしてるの?」

「いや、気にすんな。それよりさ、旨いハンバーガー屋があるんだ。もちろん、一緒に来るよな?」

 彼女からしてみれば、彼と話したいことは山ほどあるだろう。一方で、ディランは依然として彼女を警戒している。見ず知らずの赤の他人から食事の誘いを受けようものならば、それを不審に思うのも当然のことだろう。それでも彼には、人並み外れた優しさがある。眼前の女の寂しそうな表情を前にして、彼はそれを気にせずにはいられなかった。

「君は……どうしてそんなに寂しそうな顔をしているの? どうしてそんなに、多くの苦労を抱えてきたような顔をしているの?」

 ディランは訊ねた。奏多に関する記憶を失ってもなお、彼は彼女が知る通りの彼だ。そこに一つの希望を見いだした奏多は、彼を食事に誘うことを諦めない。

「募る話は、メシでも食いながらしよう。オレは御代奏多みしろかなた。よろしくな」

「う、うん……よろしくね」

「それじゃ、行くぞ」

 彼女はディランの手を掴み、その場を後にした。



 それからしばらくして、二人はハンバーガー屋に到着した。ある店員はポテトのフライヤーを引き上げ、またある店員はハンバーガーに旗を差している。奏多の頼んだものはフィッシュバーガーで、ディランの頼んだものはダブルチーズバーガーだ。やがて二人の前に、各々の注文した商品が置かれた。彼女たちはハンバーガーを食べ進めつつ、雑談に華を咲かせる。

「……というわけで、オレたちはかつて小さな街に閉じ込められていたんだよ。にわかには信じられねぇと思うけどな」

「そうだね。君が嘘をついているようにも見えないけれど、やっぱりピンと来ないよ。僕が勇敢に戦ってきた姿なんて、想像がつかないし……」

「ははは……それもそうか。まあ、気にするなよ。アンタが元気そうにしているだけで、オレは十分嬉しいからさ」

 無論、ディランにはハコニワシティで過ごした記憶がない。それでも彼は、奏多に感謝を告げる。

「うん……ありがとう」

 奇しくも、それは彼の本心から出た言葉だった。


 奏多は歯を見せて笑い、彼の方へと目を向ける。

「生きてるって最高だろ? こんなに旨いハンバーガーが食えるんだから」

 ハンバーガー屋の窓から、太陽の暖かな光が差し込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

100周目のハコニワシティ やばくない奴 @8897182

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ