切り札

 奏多かなたが気付くと、そこは彼女が元いた世界だった。目の前では数多のビルが次々と崩れ落ち、ディスペアと呼ばれる化け物が破壊の限りを尽くしている。一先ず、彼女は自らの肉体に流れている時間を調整し、己が死闘の数々によって負った傷を回復した。これで奏多は準備万端だ。

「今度こそ、ケリをつけてやる! ディスペア!」

 そう叫んだ彼女は、眼前の化け物を巨大な宝石の中に閉じ込めた。直後、ディスペアは宝石を内側から破壊し、彼女の方へと光線を発射した。その光線に左腕を消し飛ばされ、奏多はすぐに時間を操作する。彼女の左腕は、瞬時に再生した。ハコニワシティを脱け出した今、奏多はいくらでも時間を操作できるようだ。しかし相手は、彼女が幾度となく戦ってきた強敵だ。それにいくら彼女が回復し続けようと、ディスペアに地球を滅ぼされた時点で全てが無意味となる。

「オレは絶対に、皆を救わねぇといけねぇんだ! ディランの死は、決して無駄にはしねぇぞ!」

 奏多は無数の結晶の剣を生み出し、その全てを遠隔操作する。それぞれの剣はディスペアの全身を容赦なく切り刻んでいったが、それもその場しのぎの攻撃にすぎない。ディスペアは持ち前の再生能力により、瞬時に再生してしまう。そればかりか、その両目から放たれる光線は、今もなお街を破壊し続けている。仮にこの化け物を倒したとしても、この星が被った被害の埋め合わせをすることは叶わないだろう。



 それからしばらくして、この星に生き残った者は奏多とディスペアだけとなった。



 奏多は時間を巻き戻し、死闘をやり直す。そして再び人類は滅亡の危機に瀕し、彼女はまたもや時間を巻き戻す。そんな途方もない戦いを繰り返していった末に、彼女は酷く疲れ切っていた。

「もう、あの手しか残ってねぇよな……」

 かつて彼女とその父親が手を組んでもなお、眼前の化け物を倒すことは出来なかった。そして彼女は今、一人で全てを背負っている。もはや奏多は、ほぼ万策尽きたと言っても過言ではないだろう。そこで彼女は目を瞑り、時計を模したような巨大な魔法陣をいくつも展開した。彼女の周囲で、各々の魔法陣は凄まじい速さで回転している。

「ディラン、オレたちはきっと……また会える」

 奏多がそう呟いた途端、周囲は眩い光に包まれた。



 *



 奏多は真っ暗な空間で目を覚ました。彼女の目の前にいるのは、エレムのアバターだ。

「全時間軸を全ての始まり――一点の根源まで巻き戻すとは……御主は何を考えているのだ? 御主には、その意味がわかっているのか?」

 それがエレムの第一声だった。何やら奏多は、時間を巻き戻せるところまで巻き戻したらしい。その行為こそが、彼女の切り札であった。

「ああ、わかってるよ。宇宙が誕生するまで、そして人間が生まれ、文明が栄えるまで、途方もない時間がかかるだろうな。それまでの間、オレは一人で生きていく。オレはその覚悟を背負っている」

「ほう。やはり面白いものだな……人間の自由意志は。それが御主の選択というわけか」

「オレが背負っているのは、オレの生きてきた世界だけじゃねぇ。皆が救われるには、こうするしかねぇだろうよ。」

 それが彼女の思惑だ。無論、それでまた同じことが繰り返される可能性は否めない。そこでエレムは、彼女に問う。

「またディスペアが現れたらどうするのだ? また時間遡行者たちがハコニワシティに迷い込んだら、御主はどうするつもりだ?」

 これは当然の疑問である。無論、奏多とてその可能性を考えなかったわけではない。

「運命は変えられる。オレたちには、自由意志があるからな」

 そう返した奏多は、不敵な笑みを浮かべていた。エレムは含みのある微笑みを浮かべ、彼女の前から姿を消した。

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