ディラン・マクロフォード
「手加減すると、死ぬよ」
そう言い放った彼は、冷たい目をしていた。しかし奏多は、そんな彼の真意を見抜いている。
「後腐れなく殺されようとしてんじゃねぇよ。そんな手を抜いた攻撃じゃバレバレだぞ」
そう――ディランは奏多をハコニワシティから脱出させるべく、自らの命を犠牲にしようとしていたのだ。自己犠牲の心に満ちた思惑を悟られ、ディランは先ほどまで握っていた剣を消す。直後、彼は涙を流し、その場に崩れ落ちた。
「こうするしかないじゃないか。君に世界を救わせるには、君を悲しませずに勝ち残らせるには、こうするしかないんだよ!」
かつては臆病者だった彼も、今や勇敢な少年だ。彼は覚悟を決めており、死への恐怖と戦っている。そんな彼の横にしゃがみ、奏多は本心を打ち明ける。
「ディラン……ここで死んでも、アンタの死は無駄になる。百回も時間を巻き戻したオレは。ほんの一度だってディスペアに善戦しちゃいねぇんだ。そんな博打のためにアンタを犠牲にするなんて、そんな真似はオレには出来ねぇよ」
「奏多……君が君自身のことを信じていなくとも、僕は君を信じているよ」
「お人好しも大概にしろ! ディラン!」
彼女は必死だ。このままでは、彼女はディランを失い、その上で守るべき世界も失ってしまう可能性がある。最悪の結末を迎える危険性を背負うくらいならば、彼女が相棒と生きていくことを選ぶのも無理はないだろう。無論、ディランもその心情をよく理解している。それでも彼は、死を選ぶ意志を曲げはしない。
「奏多。僕は今まで、ずっと君に迷惑をかけてきたね。もしこの街で、僕たちが一緒に暮らしていったら、またタチの悪い敵と出くわすかも知れない。また僕が欺かれるかも知れない。奏多は強いから、僕がいなくても、きっと大丈夫だよ」
「うるせぇ! 迷惑なんざ、いくらでもかけてくれたって良い! アンタに振り回されてきた日々があまりにも眩しくて、オレは、オレは……なんて感謝を伝えたら良いのかもわからねぇんだよ!」
「君のいた世界が、君を必要としている。君の守るべき人々が、君のことを待っている。例えディスペアに勝てなくても良い。君は、君の世界で生きている人々にとっての希望なんだよ」
そう語ったディランは、自らの手元に金色のナイフを生み出した。彼は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、己の首筋にナイフの切っ先を突き立てる。その光景を前にして、奏多は動揺を隠しきれない。
「よせ! ディラン!」
「君に迷惑をかけてきた日々は、申し訳ないと思ってる。だけど、君と一緒にいられて、楽しかったよ。奏多」
「ディラン! やめろ!」
彼女は必死に声を張り上げたが、眼前の相棒は自らの首筋に深い切り傷をつけた。地面には血液の飛沫が飛び散り、彼の首からは鮮血が滴っている。
「僕はただ、親友ともう一度会いたかっただけなんだ。だから、これでいい」
それがディランの最期の言葉だった。彼はその場で意識を失い、地面に倒れそうになる。そんな彼の体を抱え、奏多は叫ぶ。
「ディラン! 目ェ覚ませ! 一緒にこの街で暮らしていくって、約束したじゃねぇかよ!」
無論、そんな声はディランには届かない。奏多は咄嗟に彼の傷口を結晶で覆い、止血を試みた。しかし彼が息を吹き返す様子はない。そこで彼女は彼を地面に寝かせ、今度は心臓マッサージを試みる。彼女は数十分にも渡ってディランの胸部を押し、度々人工呼吸も試していった。しかし、彼女の行動はもはや無意味だ。
結局、ディランが目を覚ますことはなかった。
この街に来て以来、奏多は初めて落涙した。
「あの馬鹿……最後の最後で女を泣かせるなんて、本当に最低な野郎だよ……」
彼女はディランの亡骸を抱きしめ、肩を震わせた。
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