決着

 因縁の親子は今、互いに背を向けながら立っていた。直後、奏多かなたの持っていた大剣は粉々に砕け散る。

「手詰まりか……」

 この瞬間、彼女は全てを諦めかけていた。しかし彼女は、決して負けたわけではない。


 突如、彼女の背後で、隆造りゅうぞうの腹から大量の血飛沫が舞った。


 隆造が膝から崩れ落ちるのと同時に、彼の被っていた兜が外れた。奏多が振り向いた先に見えたものは、彼の安らかな笑みを浮かべている横顔であった。

「これで良い。これで私は、お前に世界を託せる」

「アンタ……それは一体、どういうことだ?」

「私はこの街で、お前を育てていたのだ……奏多」

 そう告げた隆造の顔に、後悔の色はない。世界のため、多くの住民を犠牲にしようとしていた彼は、己自身の身も生贄に捧げようとしていたのだ。奏多には、一つだけ納得できないことがある。

「アンタ……オレがディランを殺すと思ってんのか?」

 そう――彼女が世界を救うには、この街での戦いを共にしてきた相棒を殺す必要があるのだ。隆造は最後の力を振り絞り、淡々と持論を語る。

「必要な犠牲だ、奏多。大義を成し遂げるには、犠牲を伴う覚悟が要る。誰も傷つけない者には、何も守れない。お前は今、その男と世界を秤にかけているのだ」

「だったら、オレはディランを選ぶ!」

「何故だ? そんな優柔不断で何の役にも立たない男が、世界よりも大事だと言うのか?」

 彼からしてみれば、ディランは守るに値しない命らしい。奏多は彼の髪を掴み上げ、鋭い眼光を向ける。

「確かに、ディランはどうしようもねぇお人好しだ。アイツのせいでシドが延命されちまったし……はっきり言って、アイツの綺麗事にはウンザリしてるよ!」

「ならば……何故……」

「そんなアイツだからこそ、オレは守りてぇと思ったんだ!」

 彼女は真剣そのものだ。無論、それは彼女が己の元いた世界を諦めていることを意味していた。隆造はその場で吐血し、虚ろな目で話を続ける。

「人の絆など脆い。少なくとも、この街においてはそうだ。人の欲望の渦巻くこの街に、お前は何を望むのだ? この街で生きていても、お前は幸せにはなれない。奏多……私はな、父親としてお前を心配しているのだ」

 そんな説得を受けてもなお、奏多は決して折れない。

「アンタに心配される筋合いなんかねぇ! それが幸せかどうかなんて、どうでも良いんだ! オレはただ、ディランと一緒にいられればそれで良い!」

 それが彼女の覚悟である。隆造は息を呑み、数瞬ほど固まった。それから彼は再び穏やかな笑みを浮かべ、とある心境を自白する。

「そうだな、奏多。私もきっと、本当はお前と一緒にいることを望んでいたのだろう。それが茨の道であろうと、地獄への片道切符であろうとな」

「親父……」

「最後に、親子と呼んでくれて……ありがとう。私はもうここまでだ……奏多」

 それが隆造の遺言だった。彼は安らかな表情のまま息を引き取り、そのまま二度と動かなくなった。

「アンタは結局、最後までオレの親父だったんだな」

 そう呟いた奏多は、どこか憂いを帯びた表情をしていた。


 そんな彼女の背後から、聞き覚えのある声がする。

「奏多……今まで、色んなことを乗り越えてきたよね」

 ディランだ。彼は満身創痍の体を起こし、なんとか立ち上がったようだ。奏多は愛想笑いを浮かべ、彼の方へと振り向く。

「長いようで、短い時間だったな。帰るぞ、ディラン」

「これでもう、生き残った住民は、僕と君だけ……だね」

「ああ、少なくとも、次の住民が迷い込むまではそうだな」

 彼女は安堵のため息をついた。


 その時である。

「これでようやく、僕は親友を救えるよ」

 ディランは邪悪な笑みを浮かべ、己の手元にオリハルコンの剣を生成した。奏多が驚いたのも束の間、彼は剣を勢いよく振り上げた。

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