二本の剣

 奏多かなたが気づくと、すぐ目の前にはアトスの後ろ姿があった。アトスは魔法陣のような防壁を張り、彼女を守ったようだ。しかし奏多の知る限りでは、この少女はすでに絶命したはずである。

「なんで……アンタが……?」

 奏多は驚きを隠せなかった。そんな彼女に対し、眼前の故人は事情を説明する。

「久しぶりだね、奏多ちゃん。といっても、今ここにいるウチは残留思念でしかないんだけどね」

「何故、その残留思念が、今頃になってここに……」

「アンタの強い想いが、ウチをここに呼び寄せたんだよ。ディランを守りたいという、真っ直ぐな想いがね」

 何はともあれ、アトスがついていれば百人力だ。

「ありがとな……アトス。おかげでオレは、この戦いを生き延びられそうだ」

 奏多は礼を言ったが、アトスの表情は曇っている。何やら彼女たちの勝利は、まだ確約されていないらしい。

「ウチがこの場所に留まっていられる時間は、そう長くはない。奏多ちゃん……アンタが戦わないと、この苦しみは終わらないんだよ」

「……そうか。だけどまあ、もう一度アンタの顔が見れただけでも嬉しいよ、アトス」

「ふふ……アンタが優しいのは相変わらずだね、奏多ちゃん」

 二人が悠長に話している間、隆造りゅうぞうは少しも動かなかった。彼の動きは今、アトスによって止められているのだ。

「動けない……だと……この私が!」

 彼は魔法陣を展開し、必死にアトスの魔法を無効化しようと試みた。しかし、彼女の魔法には特殊なプロテクトが施されており、隆造の魔法はまるで通用していない。そんな中、奏多の手元には一本の大剣が生成された。無論、これは彼女本人が生み出したものではない。

「アトス……これは一体?」

「これはウチの魂の一部を剣にしたものだよ。アンタならやれるよ、奏多ちゃん。頑張ってね」

 今この瞬間、アトスの体の節々にはノイズのようなものが走っている。彼女な光の粒子と化し、ゆっくりと宙に消えていく。その光景を前に、奏多とディランは息を呑んだ。それから奏多は剣を構え、その切っ先を隆造の方へと向ける。

「アンタの想いは、決して無駄にはしねぇぞ! アトス!」

 ようやく、彼女は武器を手に入れた。これで彼女も、その父親と剣術で渡り合えるかも知れない。しかし奏多は今、満身創痍の有り様だ。全身に傷を負い、大量の血を流している彼女にとって、この戦いは未だに分の悪いものであろう。

「そんな体で何が出来る! 奏多!」

 アトスの力が解けたのか、隆造は剣を振り始めた。奏多は大剣で受け身を取り、それから剣術を披露する。二人の剣は激しくぶつかり合い、火花を散らす。辺りには連続的な金属音が響き渡り、二人の戦いの壮絶さを物語っていた。


 両者ともに、一歩も譲らぬ死闘だ。


 やがて隆造の鎧には、亀裂が入り始めた。しかし生身の肉体に関しては、奏多の方が圧倒的に負傷している。それでも彼女は、己の勝利を確信する。

「確かにオレはボロボロだ! だがな、オレは今、二人の想いを背負って戦っているんだ! 負けるわけがねぇだろ!」

「世迷い言を! 私は世界を背負っているのだ! お前たちの友情は、世界ほど重くはない!」

「それでも、アンタは一人だ! だけどオレには、仲間がついている! それが、オレとアンタの決定的な違いだ!」

 そんな二人の戦いを見守るのは、地に這いつくばっているディランだ。彼は息を呑み、それから独り言を口にする。

「頑張って、奏多。僕も、アトスも、君を応援しているよ」

 彼の前で繰り広げられる攻防は凄まじく、その周囲には数多の衝撃波が飛び交っている。


 奏多と隆造は息を切らしつつ、互いを睨み合う。

「これで終わりにするぞ、隆造!」

「死ぬのはお前だ、奏多!」

 二人は瞬時に間合いを詰め合い、剣の一振りに全身全霊を籠めた。

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