一対一

 ディランが目を開くと、すぐ目の前には相棒の後ろ姿があった。奏多かなたは彼の盾となり、隆造りゅうぞうの斬撃を一身に受けたようだ。彼女は腹を押さえつつ、肩で呼吸をしている。その腹部に負った切り傷は、目に見えて深いものであった。

「奏多……ごめん」

 この光景を前に、ディランは罪悪感を抱かずにはいられなかった。奏多は呆れたようなため息をつき、彼に言う。

「オレが好き好んでやったことだ。それよりアンタは、しばらく休んでろ」

 確かに、ディランはもう戦えそうにない有り様だ。しかし彼女自身もまた、死と隣り合わせである。その上、二人が力を合わせてもなお、隆造に傷一つつけられなかったのだ。一対一の戦いであの男を破るのは、奏多からしてみれば不可能に近いだろう。

「お前の力はそんなものか! 奏多!」

 荒廃とした街に、隆造の声が響き渡った。彼は剣を振り回しつつ、奏多の方へと詰め寄っていく。奏多は次の一手を考えつつ、徐々に退いていく。無論、彼女はまだ、勝利を諦めたわけではない。

「アンタの父親としての器はそんなものかよ、隆造」

 そう呟いた奏多は、相手の不意を突いた。彼女は左手で隆造の兜のバイザーを上げ、生身の顔面に渾身の右ストレートをかましたのだ。

「……!」

 思わぬ反撃に、隆造は驚いた。無論、これはあくまでも一矢に過ぎない。されどその一矢は、奏多からすれば希望そのものである。

「ふぅ……どうやらアンタにも、攻撃が通用するらしいな!」

 続いて、一発、二発、そして三発目の右ストレートが炸裂する。

「これで勝てると思うな、奏多」

 隆造は闘志に満ちた目で彼女を睨みつけ、剣を大きく振った。この一撃により、奏多の脇腹は深い切り傷を負う。この隙にバイザーを下ろし、隆造は再び剣術を披露する。彼の間合いに入った者は、直ちに斬り倒されてしまうだろう。

「クソッ……魔法さえ使えれば、オレだって……!」

 奏多は現状を嘆いた。彼女が退こうにも、眼前の男はじわじわと間合いを詰めていく。そして、そんな危機的状況にあっても、彼女は冷静に作戦を考えるのだ。やがて彼女は、一つの結論に至る。


 バイザーで視界が狭まった相手には、死角が多い――奏多はそう考えた。


 彼女は隆造の足下に潜り込み、それから背後を取った。直後、隆造は後方に剣を突き出し、彼女の左肩に刺し傷を負わせた。

「なっ……なんで、見えてんだよ……」

 当然、奏多は困惑するばかりだ。彼女はたった今、確かに相手の死角に潜り込んでいるはずなのだ。しかし現状として、彼女の左肩には剣の切っ先が刺さっている。隆造がその剣を勢いよく引き抜くや否や、刺し傷からは勢いよく血が噴き出す。

「少しは殺気を抑えることを覚えた方が良い。目に映らなくとも、見えるぞ」

「おいおい……アンタ、本当に人間かよ」

「ああ、人間だ。だから世界のために戦えるのだ」

 そう語った彼は、どことなく自信に満ち溢れた雰囲気を醸していた。もはや奏多に、勝算は無いだろう。それでも彼女は、強気な姿勢を崩しはしない。

「そのバイザーの下で、アンタはどんな本心を隠してやがるんだ? 傲りか? 嗜虐心か? それとも、独善か?」

「ジレンマ……だな。私とて、好き好んで愛娘を殺したいとは思わない。だが、これも世界のためなのだ。悪く思うな……奏多」

「百回も時間を巻き戻して、それで世界を救えなかったというのにか!」

 彼女が何を言っても、隆造の考えが変わることはない。

「それでも私は戦い続ける! 私は……私は決して、諦めはしない!」

「もう……良いだろ。オレたちは、もう万策尽きたんだ。それにオレには、世界を諦めてでも守りてぇ相棒が出来ちまったんだ。オレは、この街に残るよ」

「そうか。生憎だが、お前に未来はない」

 隆造は背後へと振り返り、剣を大きく振りかぶった。

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