最終決戦

親子

「そこだ!」

 声を張り上げた奏多かなたは、隆造りゅうぞうの後頭部に向かって飛び蹴りを試みた。隆造は即座に振り向き、左手に構えた盾で防御する。その隙を突いたディランは、咄嗟に彼の方へと駆け寄った。直後、ディランの目の前には剣の切っ先が迫る。

「……!」

 彼が死を覚悟したのも束の間だった。奏多は隆造の首に右腕を掛け、体重をかけながら仰け反った。


 間一髪、ディランの命は助かった。


 隆造は奏多の腹に強烈な肘打ちを食らわせ、すぐに拘束を抜け出した。奏多は己の腹を抑えつつも、次の一手を考える。もはや彼女たちには、息継ぎをしている暇すらない。ほんの一瞬でも気を抜けば、二人は命を落とすこととなるだろう。それでも奏多は、決して怖気づきはしない。彼女は不敵な笑みを浮かべ、無謀な挑発をする。

「アンタ、本当にオレの実父か? 一人だけ鎧と武器を装備するようなタマ無し野郎が、よくもまあオレの実母を満足させられたもんだ」

 無論、彼女の目の前に立つ実父は、そんな安い挑発には乗らない。

「その喧嘩腰な言動は相変わらずだな、奏多。どうやら私は、愛娘にしつけをしなければならないらしい」

「甘いな。オレはこの街で、何度も死にかけた。どんな脅迫をされようが、オレが動じることはねぇ」

「その言葉……取り消すなら今のうちだぞ」

 両者の間に、緊迫した空気が立ち込める。隆造は奏多を蹴り飛ばし、即座に後方を向いた。直後、彼は俊敏な挙動で漆黒の剣を振り、ディランの体にいくつもの刺し傷を刻んでいく。

「ディラン!」

 奏多はすぐに立ち上がり、隆造に殴りかかろうとした。しかし彼の左手には、盾が装備されている。その盾は彼女の打撃を受け止め、隆造の身を守った。


 怒りに燃える彼女に目を向け、隆造は囁く。

「お前が自らの死を恐れない女であることは、私が一番よく知っている。だが、それがお前にとって大切な誰かの命であれば、話は違うだろう」

 そう――奏多の父親である彼は、彼女の全てを理解しているのだ。容赦なく人質を取った彼に対し、奏多は激昂する。

「ますます女々しいやり方しやがって! 男を見せな、タマ無し野郎!」

「ふん……くだらないプライドのために世界を捨てられるものか。私はな……プライドよりも、意気地よりも、美学よりも尊いもののために戦っているのだ。例えこの手を汚しきってでも、私は世界を救う!」

「アンタに世界は救えねぇよ。そんな女々しい英雄がいてたまるか! 先ずはその盾からブチ壊してやるよ!」

 両者ともに、一歩も譲らない舌戦だ。奏多は目を黄緑色に光らせ、稲妻の如き速さで漆黒の盾を殴っていく。その光景を前にして、ディランは生唾を呑み込んだ。彼は瞳を青く光らせ、その場で高く跳躍した。無論、奏多に気を取られている隆造は、彼の行動に気づかない。

「今、楽にしてやろう」

 そう言い放った隆造は、前方に向かって剣を振り下ろそうとした。奏多は不敵な笑みを浮かべ、彼の頭上にいるディランと目を合わす。直後、隆造の頭頂には、強烈なかかと落としが炸裂した。

「ふっ……くだらぬ小細工だ」

 そう呟いた彼は、剣を大きく振り上げた。その切っ先は奏多の腹部に切り傷を刻み、そのままディランの胸にも傷を負わせる。

「くっ……!」

 ディランは傷跡を押さえつつ、膝から崩れ落ちた。彼の胸からは、大量の鮮血が流れ出している。そんな彼の方に目を遣り、隆造は深いため息をつく。このままでは、ディランの命はないだろう。


 隆造は剣を振り上げ、脅迫ともとれる言葉を言い放つ。

「無駄な抵抗はやめた方が良い。苦痛が長引くだけだ」

 この瞬間、ディランは死を覚悟した。

「ごめん、奏多。僕は、ここまでみたいだ」

 そう呟いた彼は、自嘲的な微笑みを浮かべていた。

「終わりだ、ディラン」

 隆造は勢いよく剣を振り下ろした。

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