漆黒の騎士
その頃、
――
「やはりお前が最初にたどり着いたか……奏多」
そう呟いた彼は、ゆっくりと振り向いた。彼の顔は兜に隠れているが、その雰囲気はただならぬものだ。ディランは息を呑み、強者の気配を噛みしめる。彼も奏多も、今は満身創痍の有り様だ。このまま戦いに挑むのは、いささか危険である。
この窮地に陥ってもなお、奏多は極めて冷静だ。
「アンタの望みはなんだ? 隆造」
彼女は眉をひそめつつ、眼前の男に訊ねた。隆造は深いため息をつき、淡々と質問に答える。
「私はハコニワシティの全住民を殺し、そして私が元いた世界を救う。そのためであれば、奏多……娘であるお前のことも、私は殺す覚悟でいる」
その兜の奥の表情を見なくとも、奏多は彼が決意を固めていることを察した。不吉な空気が立ち込める中、ディランは必死に説得を試みる。
「ダメだよ! 救える望みの薄い世界なんかのために、愛する娘を殺すだなんて!」
「娘など、御代家の血を絶やさぬための道具に過ぎない。代わりはいつでも用意できる」
「君は……それでも父親か……!」
隆造の言葉に、ディランは憤った。何やら二人の目の前にいる鎧の男は、話し合いの通じる相手ではなさそうだ。
そんな中、一人の少年がその場に現れる。
「なぁにベラベラくっちゃべってんだ、テメェらよォ!」
シドの登場だ。彼は目を赤く光らせ、親指を鳴らした。しかしどういうわけか、その場には何も起こらなかった。
「なんだと……!」
彼が困惑したのも束の間、隆造は一瞬にしてその背後を取る。直後、シドは背中から血を噴き出し、その場に崩れ落ちた。
この光景を前にしても、奏多は動じない。
「気をつけろ……ディラン。オレの親父には、魔法や魔術を無効化する魔法がある!」
そう――あのシドが一瞬にして倒されたのも、隆造の魔法に対策を打てなかったからだ。今まで散々二人を弄んできたはずの彼は、もう息をしていない。ディランは彼の隣にしゃがみ、手首を掴む。
「脈が……止まってる……」
この瞬間、ディランはシドの死を確認した。彼が唖然としたのも束の間、その頭上からは漆黒の剣が迫っていた。
「危ねぇぞ! ディラン!」
そこに咄嗟に飛び込んできたのは、奏多だった。彼女はディランを突き飛ばし、彼を巻き込んで地面を転がる。それから即座に立ち上がり、奏多は隆造を睨む。
「今ならよくわかるよ。アトスがアンタの安否について、だんまりを決め込んでいた理由がな」
そう言い放った彼女の目は、底知れぬ闘志を宿していた。しかし全身に重傷を負っている彼女は、とても戦える状況になさそうだ。それでも彼女は、戦うことをやめない。例え体が限界であっても、魔法を無効化されていても、彼女は戦うしかないのだ。
「全力で来るが良い……奏多!」
「隆造ォ!」
奏多は何発もの拳を隆造の身に叩きつけた。何発もの蹴りを入れ、それから強烈な肘打ちも食らわせた。しかし、彼のまとう漆黒の鎧には、傷一つつかなかった。奏多は引きつったよつな笑みを浮かべる。
「ハハ……鎧が硬ェな。こりゃ、関節技で攻めていくしかねぇか?」
確かに、どんな頑丈な鎧であろうと、関節技には対処できないだろう。問題は、如何にして武器を持つ相手に技を仕掛けるか――といったところである。少なくとも、奏多一人でそれを成し遂げることは不可能に近いだろう。
しかし彼女は一人ではない。
「僕も戦うよ! 奏多!」
大声を張り上げたディランは、勇ましい顔つきで立ち上がった。そんな彼の方に目を遣り、隆造は叫ぶ。
「ふっ……魔法を使えないお前たちに、何が出来る! 見せてみろ!」
いよいよ、この街での最終決戦の幕開けだ。
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