リサの境遇

 シドは屠熊とぐまの死体を踏みつけ、声を張り上げる。

「エレム! 出てこい!」

 何やら彼は、この街の創造主に用があるらしい。彼の目の前に、エレムのアバターが姿を現した。

「大した用もないのに妾を呼ぶな。御主には、自分が特別だと過信している嫌いがある」

 それが彼女の第一声だった。その言葉は図星だったが、そんなことを気にするシドではない。

「ああ、何しろオレ様は特別だからな。今やオレ様は、この街で一番強い住民だろうよ。まあ、流石にテメェを倒せるとは思ってないけどな」

 いくら驕っていても、彼はエレムには逆らわない。彼は曲がりなりにも、超えてはならない一線を理解していた。エレムは表情一つ変えずに、話を続ける。

「いずれにせよ、慢心は身を滅ぼすぞ。シド」

「良いだろ? 一人くらい慢心してる住民がいても」

「そんな住民は数えきれないほど目にしてきた。御主は特別ではない。オムニバースに散らばる数多の命の内の一つ――御主にそれ以上の価値はない」

 彼女は最上位の摂理にして、最上位の混沌だ。そんな彼女からしてみれば、人間という生き物にさしたる差異はないらしい。

「ヒャハハ! 言ってくれるねぇ。オレ様は結構、アンタのためのエンタメを盛り上げてきたつもりだったんだけどなぁ」

「御主も、他の住民も、総じて舞台装置だ。妾をもてなし、時空の均衡を保つためのな」

「ま、テメェから見りゃそんなモンか。だけどオレ様は、ここの住民からすれば特別な男だよ」

 そう語ったシドは、決して折れそうにない様子だった。エレムは依然として無表情だが、どことなく呆れているような雰囲気を醸している。

「まあ、良いだろう。それよりも、御主が妾を呼んだことには理由があるのだろう? 本題に入るぞ。手短に済まそう」

 話はいよいよ本題に移る。シドは歯を見せて笑い、話を切り出す。

「リサって奴、いたよなぁ? アイツ、自分の手を汚すような性格には見えなかったが、どういう経緯でこの街に迷い込んできたんだ? あの女が時間を百回巻き戻してまで叶えたかった世界は、どんな世界なんだ?」

 そう――ハコニワシティの住民たちは、誰一人としてあの少女の過去を知らないのだ。一方で、全知全能の存在であるエレムは、その全貌を把握している。さっそく、彼女はリサの過去を語り始めた。

「元より、リサは魔導書を取り扱う会社に雇われていた。奴なら持ち前の魔法で戦争を引き起こし、魔導書の売り上げに貢献できるからだ」

「なるほど、アイツらしいな」

「そして様々な戦争の火種となったリサは、数多の正義漢に命を狙われるようになった。行く末には奴に対抗するための軍隊が結成されたり、数多くの魔導士ギルドに討伐依頼が届いたりもした。そこで奴は、命の危険に瀕するたびに時間を巻き戻してきた……というわけだ」

 それがリサの辿ってきた道筋だ。なお、シドはまだ彼女が死んだことを知らない。

「それで、リサは今どこにいる? アイツが逃げ続けた先に待ち受けているものが無限の苦しみだったら、それはもう最高に面白いと思うぞ」

 何やら彼は、リサを苦しめるつもりでいるらしい。無論、その望みが叶うことはない。

「リサはすでに、奏多かなたと屠熊に倒された。御主の望むような、惨めな最期だった」

「おう、オレ様の脳に映像を送ってくれよ」

「良いだろう……」

 エレムはシドの脳に、映像を送り込んだ。


 それは、リサが奏多の盾にされ、命乞いをしながら屠熊に殴られ続けている映像だった。


 シドは人の不幸を笑う少年だ。当然、その映像は彼の心を存分に満たした。

「ヒャハハハハ! 確かに惨めだなァ! リサの最期はよォ!」

「気は済んだようだな。さあ、決戦の地を目指すが良い」

「はいはい、わかりましたよっと」

 彼はエレムのアバターに背を向け、その場を後にした。

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