多重人格

 あれから屠熊とぐまは、果敢にも戦い続けた。しかし彼が攻撃を当てるたびに、シドは瞬時に再生していった。この強敵を仕留めるには、屠熊は急所に致命傷を与えなければならない。しかしあろうことか、シドは彼の動きの全てを読んでいる。無論、ラピスが体力の限界を迎えたように、彼も永遠に動き続けることは出来ない。疲弊したシドは肩で呼吸しつつ、眼前の大男を睨みつける。細胞組織を腐食された屠熊は満身創痍だったが、それでもなお倒れはしない。

「体力を消耗したようだな! シド!」

「そう言うテメェは、もう全身がドロドロじゃないか。前のオレ様たちは互角だったが、今のオレ様はあの頃より遥かに強いぞ?」

「成長したのは、お前だけではない。この大神屠熊おおがみとぐまも、数多の死闘を経て力を得た!」

 屠熊は渾身の力を込め、シドのこめかみに拳を叩き込んだ。この一撃によりシドの足取りは不安定になったが、何やら異様な事態が起きている。

「俺は……こんなところで死ぬわけにはいかないぜ! オメェを倒し、祖国の勝利を手にするぜ!」

 そう言い放った彼の顔つきは、妙に真剣だった。それから彼は意識を失い、その場に崩れ落ちる。

「フン……何がなんだかわからぬが、この大神屠熊が勝ったようだな!」

 そう確信した屠熊は、シドの身を蹴り飛ばそうとした。直後、シドはその蹴りをかわし、妖しい微笑みを浮かべる。

「言ったはずだよ、屠熊。ボクはキミの動きを読んでいると」

 その言葉で、屠熊は全てを理解した。

「なるほど……最低でも後二回は、お前を気絶させる必要があるらしいな」

 そう――シドは気絶する寸前に、クリフの人格を呼び覚ましたのだ。そしてその人格が気を失った後、彼はラピスの人格を呼び起こしたらしい。

「さあ、始めようか」

 シドは屠熊の背後を取り、己の右腕を触手に変えた。触手は屠熊の体を貫き、彼の体内に波を流し込んでいく。無論、ここで抵抗を試みない屠熊ではない。

「無意味なことを!」

 彼は即座に振り向き、触手を引き千切った。それから間髪入れることなく、彼はシドの顔面に強烈な右ストレートを食らわせた。シドは意識を失いかけ、今度は主人格を露わにする。

「茶番はここまでだ……屠熊ァ!」

 彼は己の右肩から生えた触手を再生させ、すぐ隣に魔物を生み出した。そして魔物は、触手に突き刺されるや否や、勢いよくしぼみだした。シドの目に、再び光が宿る。

「ごちそうさん。これでオレ様の体力も元通りってわけだ!」

 クリフの力と、ラピスの力――その二つがある限り、彼は己の傷も疲労も回復させてしまうようだ。

「これで勝ったと思うな! シドォ!」

 憤りを見せた屠熊は、前方に拳を突き出した。シドは咄嗟の判断により、己の全身を硬い甲殻で包み込む。無論、屠熊の打撃を前にすれば、そんな甲殻など気休め程度にしかならないだろう。しかし屠熊の拳は、一瞬にして潰れてしまった。

「なんだ……何が起きている!」

 予想外の出来事を前に、彼は動揺を隠しきれなかった。シドは大きく笑い、種明かしを始める。

「ヒャハハハハ! そりゃ、テメェの体は限界まで腐ってるからな! 簡単に潰れるに決まってるだろ!」

 彼の魔法の脅威は、体内を汚染することだけではない。いかなる肉体を持つ者であっても、その肉体自体が腐れば抵抗の術を失うだろう。シドは甲殻を解き、強烈な右ストレートで眼前の宿敵の右胸を貫いた。屠熊は安らかな笑みを浮かべ、最期の言葉を口にする。

「ようやく、この大神屠熊を満たせる者が現れたか。お前に敬意を払おう……我が強敵よ」

 そう言い遺した彼は、その場で意識を失った。シドは触手を引き抜き、引きつったような笑みを浮かべる。

「まったく……流石のオレ様も、今回ばかりは死ぬかと思ったぞ」

 彼の勝利は、決して余裕に満ちたものではなかった。

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