化けの皮

 それから数十秒後、シドの体の傷が回復した。彼は悪意に満ちた微笑みを浮かべ、とある真実を明かす。

「オレ様はずっとこの時を待っていた! これでもう、テメェの仲間のフリをする必要もなくなったわけだ!」

「なんだって……?」

「我ながら虫唾が走る演技だったよ! 例え演技であっても、善人らしい立ち回りは性に合わないもんでな!」

 何やら彼は、改心したわけではなかったようだ。それでもディランは優しい微笑みを浮かべ、必死に説得を試みる。

「シド……君はまだ、愛情を知らないだけなんだよね? 君の両親が、君に何をしてきたのかは知らないけど、僕は君の背負う全ての痛みを受け止めるよ」

 この期に及んでも、この男の優しさは底を尽きることがない。そんな彼を笑い、シドはもう一つの真実を自白する。

「オレ様の父親は国王で、母親は王妃、そして兄は王位を継承するはずの男だった。だからオレ様は、王位を継承するために家族を皆殺しにしたんだ! オレ様は愛情を学ばなかったんじゃない……ただ身の回りの人間を利用してきただけなんだよ!」

 どうやらディランが信じた彼の善性は、全てまやかしだったようだ。シドは己の右腕を触手に変え、その先端をステラの腹に貫通させる。その力は今まさに、彼自身がラピスから奪ったものである。

「ナメられたものだね……ワタシも」

 そう呟いたステラは、自らの肉体を一度粘液に変えた。それからすぐに元の肉体に戻った彼女は、無傷の状態だった。しかし今のシドは、以前よりも増して強くなっている。たった一つの魔法が通用しないだけでは、彼の敗北は決まらないのだ。

「今なら、この魔法でテメェを沈められるなァ!」

 そう叫んだ彼は、いつものように波を放った。その威力は凄まじく、ステラの身はとてつもない速さで腐っていく。彼女はすぐに自らを粘液化したが、その粘液も勢いよく腐食していく。

「ワタシは……こんなところで死ぬわけには! ワタシには、守らなければならない世界があるというのに!」

「テメェが世界を想う気持ちは、オレ様が世界を掻きまわしたい気持ちに勝てないようだな! ステラァ!」

「こんなっ……はずでは……!」

 ステラは今、いつになく取り乱している。そんな彼女を睨みつつ、シドは依然としてあくどい笑みを浮かべている。

「やめろ! シド!」

 ディランは叫んだ。無論、彼の叫びがシドの心を動かすことはない。

「終わりだァ! ステラァ!」

 シドがそう叫んだのと同時に、その眼前の粘液は動かなくなった。この瞬間をもってして、ステラは戦死したのだ。続いて彼は、ディランの方に目を遣った。その眼差しに宿っているものが悪意なのか、それとも殺意なのか――ディランにはそれがわからなかった。ただ一つ言えることは、今の彼一人では眼前の宿敵を倒せないということだけだ。その時、彼はふと奏多かなたの父親の話を思い出した。もし隆造りゅうぞうが生きているのなら、今度こそシドを倒す好機であろう。

「シド! 僕は君を許さない! だが、今はまだ戦う時じゃない!」

 そう言い残したディランは、一目散にその場から逃げ出した。そんな彼の後ろ姿を眺めつつ、シドは次々と魔物を生み出していく。

「逃げられると思うな! ディラン!」

 魔物たちはディランを追い掛け回し、一斉に襲い掛かった。ディランはオリハルコンの剣と鎧を生み出し、一心不乱に剣を振る。彼の剣術には磨きがかかっており、魔物たちは次々と斬り倒されていった。それでもなお、魔物による攻撃は「足止め」としては十分である。シドは今、着実にディランとの距離を詰めている。

「オレ様をもてなせ! オレ様と遊ぼう! テメェは一生、オレ様の玩具なんだよォ!」

「くっ……やはり僕は、君を殺しておくべきだったんだ……」

 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。ディランは今まさに、絶望の淵に立たされている。

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