御代隆造

 その頃、奏多かなたは一人の男と遭遇していた。男は漆黒の鎧に身を包み、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。そんな彼の姿を前にして、奏多は呟く。

「親父……」

 何を隠そう、この男こそが彼女の父親だ。

「久しぶりだな……奏多。お前なら、この街で生き延びられると確信していた」

「おいおい……買いかぶり過ぎだろ。オレが助かったのは、別にオレが強かったからってわけじゃねぇ」

「ああ、わかっている。お前は器用に生きてきたものだな、奏多」

 今この場にいるのは、一組の親子だけだ。二人の邪魔をする者は、この場には居ない。しかし奏多には、久しい再会に心を踊らせている暇などない。

「アンタは、どうするつもりなんだ? 親父。ここの住民を、殺すつもりでいるのか?」

 そんなことを訊ねつつも、彼女は薄々父親の真意を理解しているだろう。あの時のアトスの反応からして、彼が奏多の味方である線は薄い。


 男は言う。

「もちろん、そのつもりだ。私はもう、お前の父親であることをやめた。最終的には、お前のことも殺すつもりでいる」

 粗方予想通りの答えである。奏多は不敵な笑みを浮かべ、鋭い眼光で彼を睨み付ける。

「オレはアンタには負けねぇぞ、御代隆造みしろりゅうぞう!」

「まあ、そう早まるな。先ずは他の住民を殲滅する。そのために明日、全ての住民をここに集める」

 隆造の意志は揺るがない。その表情は兜に隠れているが、彼の纏う雰囲気は妙に重苦しかった。そこで奏多は、一つの疑問を抱く。

「アンタが住民たちを殺すつもりでいるのはわかった。だが、何故今まで動かなかった? 何故、今更になって動き出した?」

 彼女からしてみれば、それは当然の疑問である。そんな彼女の質問に対し、隆造はこう返す。

「お前はまだ、私の真意を知らなくて良い。兎にも角にも、私はこの場所に住民を集めなければならない」

 何やらこの街での戦いも、クライマックスを迎えつつあるらしい。奏多は唇を噛み締め、強く握った拳を震わせた。


 その時、二人の前にエレムのアバターが出現した。

「妾が力を貸そう。御代隆造」

 彼女の登場により、奏多の中で数多の感情が渦巻いた。その中で奏多が選んだ感情は、たった一つだ。

「アンタのせいで、誰も彼もが苦しんできた! アンタのせいで、オレの親父だった男は変わっちまった! アンタのせいで、アンタのせいで!」

 怒り――それが今の彼女の全てである。彼女は己の手元に結晶の剣を生み出し、それを我武者羅に振り回した。無論、今の彼女の目の前にあるものはただのアバターだ。彼女の攻撃など、通るはずもない。エレ厶は呆れたようなため息をつき、それから持論を展開する。

「自由意志を自由意志たらしめるものを知っているか? それは文字通り、自由でなければならない。個々の自由意志は決してその持ち主を縛りはしない。だから人の自由意志は変化する」

「何が自由意志だ! アンタがオレたちを誘導してきたクセに、殺し合いを引き起こしたクセに、よくもそんなことが言える!」

「妾は中庸を重んじる。摂理と混沌がひしめき、運命と自由意志がひしめく……そのどちらにも偏らない世界こそが完璧であることを、何故御主たちは理解できない?」

 やはり彼女の考えは、常人の理解を遥かに逸脱していた。そんな彼女に憤ることもなく、隆造は話を戻す。

「……それで、具体的にはどのように力を貸してくれるんだ? エレム」

 この男は、ハコニワシティで過ごしてきた時間が長い。もはや彼は、些細なことでは取り乱さないようだ。そんな彼の質問に対し、エレムは返答を述べる。

「この場所に関する情報を、全住民の脳に送りつける。そして、ここで最終決戦が開かれることも伝える。全てを終わらせよう……隆造」

 そんな約束を交わしつつも、彼女は依然として無表情だった。

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